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ネット証券に「ゼロ」の衝撃 松井の“奇策”で価格競争拍車か
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来年1月から株式の信用取引規制が緩和されるのに合わせ、ネット証券大手の松井証券が始める新サービスが波紋を広げている。
手数料や金利が一切不要という内容で、先駆けて引き下げを打ち出していた他社を出し抜いたかっこうだ。規制緩和は、同じ担保で1日に何回でも取引できるようになり、減少が続く個人投資家の売買が増えることが期待されている。ただ、価格破壊に陥れば、取引量が増えても、個人投資家がメーン顧客のネット証券の利益には結びつかないとの悲観的な声も出ている。
「(1999年に)ネット証券が誕生して世の中が変わったのと同じか、それ以上のインパクトだ」。松井証券の松井道夫社長は、規制緩和の影響の大きさをこう強調する。
信用取引は、保有する資金以上の株取引ができる仕組みで、利用者の85%を個人が占める。投資家が証券会社に委託保証金を担保として差し入れ、資金や株を借りて取引する。投資家は借りた資金や株で売買を行い、取引後に金利を上乗せして返済する。証券会社は売買仲介手数料と金利が収入源となる。
現状では証拠金が取引額の3割以上と決められており、1回使えば3営業日は再利用できない。例えば、1000万円の信用取引をする場合、300万円の証拠金を用意する必要があり、1日に何回も取引したい場合はその都度、証拠金を用意しなければならなかった。
今回、金融庁や東京証券取引所などはこの規制を改め、同じ担保で1日に何度も使えるようにし、取引の活性化を狙っている。取引回数が増えれば、それだけ証券会社も潤う。
個人投資家による取引は減少傾向とはいえ、株式売買代金のおよそ2割を占め、このうち信用取引は6割に達する。規制緩和の効果は大きいとみられ、楽天証券の楠雄治社長は「(信用取引の)売買代金は1~2割は増える」と予測する。
規制緩和に伴い、ネット証券各社は手数料や金利の引き下げに動いた。楽天証券は11月初旬、信用取引の残高に応じて手数料を割り引くサービスを12月から導入すると発表。手数料は最大で2割も下げた。すると、最大手のSBI証券も最大2割の引き下げを打ち出し、楽天より早い11月30日に適用を始めた。カブドットコム証券やGMOクリック証券、岡三オンライン証券なども引き下げに動いている。
だが、業界をあっといわせたのが、今月6日に打ち出した松井のサービスだ。1回当たりの信用取引額が300万円以上に限るとはいえ、2.05%が業界最低だった金利をゼロとする。手数料も無料で、ともにゼロなのは業界初。松井はその代わり、信用取引以外の株取引サービスで収益をカバーする考えだ。
松井社長は常々「安易な安売りはしない」と語り、SBIや楽天などとは違い、引き下げ競争に消極的ともいえる姿勢を貫いてきた。その松井が攻勢に出るのは異例だ。
その狙いは、短期売買を繰り返し、規制緩和で最も恩恵を受けるとみられるデイトレーダーを獲得することだ。手数料などの引き下げ競争に消極的だったためにデイトレーダーの顧客が少ない松井が規制緩和を好機ととらえ、挽回策に出たようだ。
ただ、松井の新サービスで、ともに無料になるのは、同じ日に反対売買で取引を終わらせた場合に限られる。
このため「反対売買できなかった場合には翌日に自動的に繰り越され、任意決済となるため、かえって手数料や金利がかさむ」(他のネット証券大手)と冷ややかにみる向きもある。
それでも、松井の“奇策”に対し他社は「対抗策を検討していないとはいえない」(SBI)と警戒しており、競争に拍車がかかる可能性もある。
長年にわたる熾烈(しれつ)な競争で、ネット証券の手数料はぎりぎりの水準まで低下。リーマン・ショック後の相場低迷が追い打ちをかけ、大半のネット証券が収益低下に苦しんでいる。近年は外国株の品ぞろえを増やすなど収入源の多様化にも取り組んでいるが、規制緩和で過当競争に陥れば一層疲弊しかねない。
規制緩和でデイトレーダーの取引量が増えても、「それ以上に競争が激化すれば、業界全体が『労多くして益少なし』ということになりかねない」(あるネット証券幹部)との声さえ出ている。(井田通人)