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【ITビジネス最前線】日本の若い起業家を阻む壁

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【ITビジネス最前線】日本の若い起業家を阻む壁

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 ■政府によるスタートアップ支援を

 日本で、テクノロジー起業家でいるのはある種の挑戦だ。起業を難しくしている要因のすべてが日本特有のものというわけではないが、アメリカでは見られないことがいくつかある。毎週のように紹介しているアメリカ発の革新的なサービスについて考えるときにも、その違いを念頭に置く必要がある。

 ◆新卒でないと不利

 まず、日本には新しいスタートアップの数が足りない。近年、インキュベーターを中心に、新規スタートアップの事業を活性化させようと多くの支援活動が展開されており、それは実に立派なことなのだが、これだけでは不十分だ。なぜなら、日本の採用制度においては、新卒者を中心にする構造が完全に出来上がっているからだ。

 そこで、聡明(そうめい)な新卒生は、日本屈指の企業体や政府に採用されようと必死になる。つまりは、企業の経営陣や政府機関の上層部にのぼり詰めるまでの長いキャリアの道のりを選ぶわけだ。

 この構造があるために、大学を出てすぐに企業で働き始めることがかなわなかった学生には、いくら頭がよくても「汚点」が残る。一流の大学で学ぶ賢い若者は、大学を出てすぐに起業するとなると、事業が失敗するリスクとともに、将来、簡単には普通の仕事を探せなくなるという大きなリスクをも背負わなければならない。

 若い大学生や新卒生が生まれて初めて事業を始めたいと思ったときに、日本では「起業家としての道に一生をささげる」のだと、事実上身を縛らなければならない。スタートアップの創業者が失敗すればまた簡単に新しい仕事を見つけられるのであれば、彼らは早く失敗して次に進むことができる。しかし、日本では創業者の選択肢が限られているため、成長の兆しもないのに経営を続けるゾンビ企業が多くみられる。

 ◆「既卒」を真の財産に

 では、有望な学生に対してどのようにリスクを負うよう勧めればいいのか。実際には、私がテクノロジー界で関わりのある、最も頭の切れる人の中には、リスク嫌いの人がいる。スティーブ・ジョブズのように社交的でカリスマと呼ばれる経営者もいる一方で、アップルの共同設立者であるスティーブ・ウォズニアックは、一人で初期のテクノロジーを完成させながらも、アップルの設計に集中するために居心地のよいヒューレット・パッカードでの職を辞することには乗り気でなかったといわれる。

 そこで、リスクを選択するよう学生の背中を押すためには、日本政府の関与が必要なのではないか。融資の提供や助成金とはまったく異なる種類の関与が、日本の若者には必要だ。例えば、政府機関が、インキュベーターと大企業と連携してファンドを立ち上げ、企業に採用はされたものの自ら起業してみたいという新卒生を支援してはどうだろう。起業を希望する者は、卒後1年の期間を与えられて、(政府や企業ではなく)インキュベーターによって承認された事業計画に基づいて創業し、孵化(ふか)期を経て羽ばたくまでの間、メンターからの指導を受ける。

 ファンドは、その年、企業が彼らに支払う給与を払い戻すためと、インキュベーション空間やメンターの費用を賄うために使われる。もし、スタートアップが成功して、1年以内にベンチャー投資家から資金調達ができれば、創業者は事業に完全に集中し、大企業との雇用契約を終了することができる。大企業は、代わりにベンチャー企業の持ち分または株式購入権を受け取る。また、仮に事業が失敗に終わっても、若者は次年度の新卒者とともに大企業で仕事を始められる。彼らは、1年前よりも経験を積んで、ビジネスに関する知識を蓄えて企業でのスタートラインに立つことになる。大企業にとって、こうした「既卒」の若者は真の財産になるはずだ。

 ◆承認プロセスの違い

 もうひとつ、日本で事業経営をするにあたって非常に難しいと感じるのが、アメリカとは根本的に異なる企業内承認プロセスである。アメリカでは、同業のコンファレンスなどがあれば、たとえ19歳であっても会場のロビーで大企業のCTO(最高技術責任者)に近づいて、自分の開発した製品の実演をしてみせることが可能だ。もし、そのテクノロジーがおもしろいものならば、CTOが自分でサービスを試してみるということもよくある。その際、CTOにとっての判断基準は、まず何よりも、この技術は私の役に立つか、価格は割に合うか、創業者は頭のさえた人間か、この会社は信用できるのか、そしてもしかしたら最後に、会社に誰が投資しているかも頭の隅にあるかもしれない。

 ところが、日本ではそうはいかない。CTOはこうした決断を自分ひとりでできることはほとんどない。新しい優れたサービスについてニュースやインターネット上の記事で読んではいても、リスクを負って新サービスに手を出すことについては非常に慎重だ。製品購入の判断を誤れば、それがキャリアに響いてくる。そこで、新製品やサービスの評価基準はこのような順番になる。その会社に投資しているのは誰か、会社は信用できるか、創業者は頭が良いのか、割に合う価格設定か、そして最後に、この技術が本当に有益なのかどうか。こうした判断基準の違い、そして会議でのコンセンサス方式による承認というプロセスが、すでに基礎の固まった企業よりもスタートアップを不利な立場に置く。

 会社の部下と話していると、彼は、契約が一度締結されると、日本企業はそれを途中で解除することを嫌うのだと説明した。そのために、たとえばサービスの効果や実績が振るわなかったとしても、契約期間満了まではその関係を継続するのが通常だ。

 そこで、契約を結ぶときには、最初から効果の上がらない契約関係を結ばないために、より一層長い時間を費やして判断することになる。これが日本の枠組みとして機能しており、変化を期待するのは世間知らずというものだろう。代わりに、私たちの会社では、契約関係に入る企業に対して、具体的なゴールを実現できなかった場合には100%の返金保証をしている。だが、これもリスクをわずかに軽減するにとどまる。

 自己資本で設立された新規ベンチャーは、信用性もコネも、見せびらかせる過去の業績もなく、それが日本の大企業と契約を締結するのを難しくしている。日本で急成長しているテクノロジー企業はどれも消費者に焦点を当てたサービスを運営しているのはそのためだ。日本政府が起業家精神を少しでも後押ししようとするのなら、若い新卒生がチャンスを求めて飛び立てるよう、そして、大企業がスタートアップと連携しやすくなるよう、リスクを取り除かなければならない。上述したファンドは、その一つの道筋になろう。政府関係者や政策立案者をご存じの方がおられれば、ぜひこの提言を紹介してほしい。

 文:イジョビ・ヌウェア

 訳:堀まどか

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【プロフィル】Ejovi Nuwere

 イジョビ・ヌウェア ニューヨーク生まれ。全米最大の無線LAN共有サービスFON創業者のひとり。ビジネスウイーク誌により「25人のトップ起業家」に選出される。2008年に日本でオンラインマーケティングに特化したランドラッシュグループ株式会社を設立し、現最高経営責任者(CEO)。Eラーニングのgatherat.comを手掛ける。

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