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【開発物語】サントリー酒類「-196℃ ストロングゼロ〈DRY〉」
更新
マイナス196℃の液体窒素でレモンを凍らせる(右)。その後、専用機械で丸ごと粉砕してパウダー状(左)にする ■特許技術とマーケティング武器に
≪STORY≫
少子高齢化などで縮小するアルコール市場で、右肩上がりの成長を続ける元気なジャンルがある。「RTD(Ready To Drink)」と呼ばれる缶チューハイやカクテルなどのことだ。サントリー酒類の「ストロングゼロ」シリーズは、独自の特許技術と時代の流れをつかむマーケティング力を両輪に、若い女性からビール党の中年男性まで幅広い消費者の心を“酔わせて”いる。
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CMの舞台は極彩色のビキニをまとった女性たちが陽気に踊るカーニバル。部下と取材に訪れた雑誌編集長役で女優の天海祐希さんが一口飲み、「甘くなくてうまーい!」と叫ぶ。
昨年4月に発売された「-196℃ ストロングゼロ〈DRY〉」のCMは、消費者の嗜好(しこう)にストレートに訴えた。
同製品はウオツカやラムにレモン、グレープフルーツ、ライムと3種のかんきつを使った缶チューハイ。発売3カ月で、サントリー酒類は年間販売計画を当初の2倍に上方修正した。
「糖類ゼロの従来品『ストロングゼロ』でもまだ甘い、という方の声に正面から応えることで、ビール専門の“辛党”からも支持をいただいている」。マーケティング担当の井島隆信さん(35)は手応えを語る。
サントリーのチューハイ開発は、次代の荒波にもまれながら前に進化したといえる。
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今から10年以上前、若者のビール離れに頭を痛めていた業界各社はチューハイの新商品開発に活路を見いだした。サントリーは2003年、フルーティーで低カロリーな缶チューハイ「カロリ」を投入、若者や女性の取り込みに成功した。
05年には、極低温の液体窒素で凍結、粉砕した果実を使う「-196℃」を発売。果肉だけでなく果皮のエキスも溶け込んだ“果実の丸ごと感”を前面に打ち出し、さらなる女性層への訴求を図る。
しかし、08年秋のリーマン・ショックでデフレ志向が強まり「進化の方向性に一大転機が訪れた」(井島さん)。
飲酒運転への厳罰化で「外飲み」から「家飲み」への流れも加速。また、特定健診・特定保健指導が始まるなど、メタボリック・シンドローム予防の機運が高まり、アルコール飲料にも「機能性」が求められるようになった。
そんな厳しい環境下でサントリーが放ったのは、マイナス196℃製法の新機軸だった。
09年発売の「ストロングゼロ」はアルコール分が高めの8%で、かつ糖類ゼロ。「1本でもしっかり酔える機能性チューハイ」(井島さん)として、財布の中身とおなか周りが気になる30~40代男性らの人気をさらった。
時代のニーズにはまった「ストロングゼロ」シリーズの販売実績は、発売2年目に1億6000万本(350ミリリットル換算)と前年比55%増、3年目は47%増の2億3500万本とうなぎ上りだった。
また、働く女性の増加などを背景に、家でお酒を飲む女性がさらに増えつつあった。商機を見いだした開発陣は、チューハイの王道であるかんきつ以外のフレーバーは安易に手を出すべきではない、というそれまでの常識を乗り越え、旬の果物を用いる季節限定商品の開発にも着手した。
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マイナス196℃製法は、アルコール分60%のリキュールに浸漬することで果皮の味わいも抽出する。それだけに「リアルな果実感を再現できる半面、苦みを爽やかなレベルにとどめる最適な浸漬時間やリキュールの配合に苦労する」と、開発研究担当の川本憲良さん(33)は説明する。
その解決には、素材ごとに試作を繰り返すほかなかった。試行錯誤を重ね、リンゴやブドウ、モモなど女性が好む果実を使う新商品を送り出した。
「-196℃ ストロングゼロ〈DRY〉」では、アルコール由来のエタノール臭を消すための新たな工夫がある。マイナス196℃製法の浸漬酒に通常の果汁を加え、炭酸圧のバランスをビール並みに強めたことだ。
その結果、昨年の「ストロングゼロ」シリーズの販売数は3億5700万本。アルコール分8%超の缶チューハイ市場で、ストロングゼロシリーズのシェアは6割超と圧倒的な強さをみせた。
「甘くないがゆえに『食事やビールとの相性の良さ』という価値を提供できた」。開発メンバーらはそう自負する。これからも「お客さまの潜在ニーズは常に変化し続けている」と気を引き締め、アンテナを高くして商品力に磨きをかけ続ける。
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■多彩な価値 「お酒ライフ」充実
≪TEAM≫
10年前、JR南武線武蔵小杉駅近くの高架沿いに建てられたサントリー商品開発センター(川崎市中原区)。毎週水曜日、「ストロングゼロ」の開発研究チームとマーケティングチームの10人余りがここで額を寄せ合う。
朝から試飲を重ね、昼過ぎには一同真っ赤な顔になることもしばしば。それも、人気の果物を使った新しいフレーバーの検討や現行品の改良、さらには収穫時期によって異なる素材の味の変化に対応したブレンドの微調整を行うためだ。
「市場環境もお客さまの好みも変化を続けている。試行錯誤を毎日繰り返しているが、ゴールは常に『先』にある」。そう語るのは、昨年4月に開発研究リーダーとなった川本憲良さん。2005年の入社から一貫してRTD開発に携わってきた。新しい「味の組み立て」に悩んだとき、ヒントとなるのは「先輩たちが長年培ってきたブレンドの技術や、バリエーションの蓄積」だという。
「実はお酒があまり飲めなくて…」と打ち明けるのは入社3年目の開発研究担当、神津早希さん(27)。それでも、腕の良いバーテンダーのいる店にフルーツを持ち込んでカクテルを作ってもらったり、時には話題のスイーツを味わったりしながら、「素材の風味をどう生かすか、そのインスピレーションを得ようと頑張っている」。チーム内で頼りになる存在となっている。
自らの味覚がキーとなる仕事なだけに、舌と鼻のケアには繊細さを保つため人一倍気を遣っている。
「製品の中身に対する支持こそが私たちの誇り」。ユーザーや流通各社などとのコミュニケーション役を務めるマーケティング担当、井島隆信さんは、開発研究チームに心から信頼を寄せている。だからこそ「製品の価値を多くの消費者に伝えたい」と力説。「-196℃ ストロングゼロ〈DRY〉」で広げたユーザー層をさらに定着させるため「今年はプロモーションに注力する」という。
RTDは他のアルコール飲料と比べ、味や機能など多彩な価値を提案できる点が特徴だ。メンバー一同は、手がける製品でユーザーの「お酒ライフの幅を広げたい」と意欲を燃やす。
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■好調なRTD市場 12年に21億本出荷
≪MARKET≫
国内のアルコール消費が減少する中、販売量の拡大が続くRTD商品は、大手ビールメーカーにとって、今や「第3のビール」などと同様に新しい主戦場の一つとなっている。
カクテルなどの人気も高いが、競争の中心はやはり缶チューハイだ。毎年多彩な新商品が登場し、消費者からの注目度も高い。
缶チューハイは、1984年に宝酒造が業界各社に先がけて発売した。その後、バブル崩壊後の長引く不景気でも比較的安い価格設定で消費者の支持を広げ、「チューハイはおじさんのお酒」というイメージが徐々に変わっていった。また、果物や香料などでバリエーションを付けやすいという商品特性も手伝って各社が次々と新製品を投入し、定番ジャンルへと育っていった。
2001年には、キリンビールがウオツカベースでストレート果汁を用いた画期的な缶チューハイ「氷結」で、人気に火を付けた。同シリーズは、RTD市場でトップシェアの座に君臨しており、年間約5億本(350ミリリットル換算)を販売する。
一方、追い上げるサントリーの「ストロングゼロ」は、発売初年に1億本を売り上げ、3年後の12年には同2億9200万本と3倍近くの急拡大を遂げた。
競合社も負けてはいない。ビール最大手のアサヒビールは、アルコール分を3%に抑えた低カロリーの「すらっと」など約10ブランドを幅広く展開。サッポロビールは、昨年4月に限定発売したしょっぱい味の「男梅サワー」が予想を超える人気を呼び、通年販売に切り替え業務用シロップも発売した。
12年のビール類の課税出荷数量は前年比1.0%減と、過去最低を8年連続更新したが、対照的にRTDの市場規模(サントリー推定)は同4%増え、約21億700万本(350ミリリットル換算)と活況だ。
サントリー広報は「『強め志向』と『甘さ志向』の二極化でファン層が広がっており、13年も市場規模が3%拡大」したとみる。
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≪FROM WRITER≫
「アイ、アム、ストローング!」
プロレスラーの蝶野正洋さんが力強い雄叫びを上げる「ストロングゼロ」発売当時のテレビCMは、アルコール分8%の頼もしい飲み口とともに、今なお鮮烈な印象として残っている。それだけに今回の取材で意外に感じたのは、シリーズの販売拡大を支えたのが女性ファンの広がりだったということだ。
2011年以降、その女性ニーズに着目して果実感を打ち出し、CMに女優の天海祐希さんを起用した。サントリーは「ストロングゼロシリーズの『転換期』」(広報)と位置付けている。さらに昨年、ビールとの合わせ飲みという需要創出を目指してDRYを発売し、「飛躍期」を迎えたという。
もっとも、競合メーカーもRTDを重視する方針は変わらない。4月の消費税率引き上げもあって、アルコール強めのRTD人気が拡大するのは確実とみるからだ。しのぎ合いが激しくなるのは必至で、記者としても左党の一人としても今後の行方から目が離せない。(山沢義徳)
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≪KEY WORD≫
■-196℃ ストロングゼロ〈DRY〉
サントリー酒類が2013年4月に発売したアルコール分8%の缶チューハイ。かんきつ類の風味を生かしつつ、甘味料ゼロで食事と合わせやすいドライな味わいに仕上げた。「-196℃」シリーズは05年発売で、独自技術により極低温で凍結粉砕した果物の浸漬酒を使用。そのうちアルコール分8%の「ストロングゼロ」シリーズは09年に発売、当初は男性をターゲットとしたが多くの女性ファンも獲得し、サントリーが販売するRTDの4割超を占める主力商品となった。税込み希望小売価格は148円(350ミリリットル入り)と200円(500ミリリットル入り)。