ニュースカテゴリ:社会
話題
中国などで後を絶たぬ知財侵害 深刻な人材不足…中小企業の努力も限界
更新
企業の知的財産担当者数
ボルト、ナット、工具類…。昔から製造業に欠かせないもので、中小企業が下請け、孫請けとして製造していることが多い。これらは技術的に成熟しているため、資金力の乏しい中小企業では新しい技術での特許取得は難しいとされる。
作業工具を製造販売する従業員約130人の前田金属工業(大阪市)の担当者は約4年前の展示会で、ある中国企業の出展品を見て血の気が引いた。
中国企業の社名とは関係のない「MAEDA」の文字が赤地に白抜きで入った作業工具。前田金属が約30年前から使用している自社ブランド「TONE」のロゴに酷似していたほか、製品の形状もほぼ同じという紛れもない模倣品だった。
前田金属は「混同されてはいけない」と訴訟を起こすことにしたが、この企業は中国内で「MAEDA」を商標登録しており、商標で訴えるのは難しいことが判明。苦し紛れの選択だったが、日本の不正競争防止法にあたる法律違反での提訴を決めた。
訴えを起こした後も中国企業が模倣品を販売していることを証明するため、製品の販売ルートを専門家に鑑定してもらうなど、中小にとっては酷ともいえる作業が2年にわたって続いた。訴えは認められたが、費用は500万円以上を要したという。
一般的に知的財産=特許と思われがちだが、知的財産権とは技術の「特許」、デザインの「意匠」、ブランドの「商標」の3つに分類される。前田金属は中国企業との係争と前後して、製品の色を赤、黒、銀に統一し、形状にこだわるなど意匠や商標にも注意を払うようになった。「模倣されたとき一目で分かる」(平尾昌彦・河内長野工場長)ようにした。
製造業であれば、意匠や商標の登録は当然のように思えるが、工具業界で中小企業が意匠・商標の権利化に動くのは珍しい。前田金属のような企業はまだほんの一握りだ。
内需が鈍化する中、中小企業による海外進出が活発化してきたが、特許庁企画調査課の伏本正典・特許戦略企画調整官は「海外には思わぬ落とし穴がある」と指摘する。
プラント関連の富士化水工業(東京都)は、中国で発電所の脱硫設備の建設を請け負った際、現地企業から脱硫装置の技術について特許侵害と訴えられた。
しかし、その中国企業が同国内で保有する特許は富士化水が請け負った設備については触れられていなかったという。当然、富士化水は「(その特許とは)関係がない」などと主張。さらに同じ設備は台湾にもあり、「中国でも公開されている成熟した古い技術」と抗弁したが、中国当局は認めず、2009年に約6億6000万円を支払う判決を出した。
こうした思いもよらない形で、知財が侵害されるケースは中国を中心に海外で後を絶たない。前田金属と富士化水のケースは異なるが、一方で共通しているのは知財に精通した人材が不足していることだ。
特許庁によると、国内企業の知的財産担当者は約4万5000人。大半は大企業に勤務しており、中小企業は資金的に余裕がなく、知財に関する専門人材を確保できていないのが実情だ。ただ、中小も手をこまねいてみているだけではない。
鶏卵の選別包装機メーカー、ナベル(京都市)は特許取得などで会社の利益に貢献すれば報奨金を与えるなど、社員の知財に対する意識向上につとめる。
前田金属は、作業工具が成熟技術で新たな特許の取得が難しいため、意匠(デザイン)での差別化を目指す。外部のデザイナーと協力し、全製品に共通するデザインを設定し、中国企業などの模倣に対抗する。
とはいえ、知財の専門人材を確保せずに済ませるという“苦肉の策”にも限界がある。日本の産業を下支えする中小企業が、特許係争で敗北することは経済全体の没落にもつながる。言い換えれば、日本経済の再生に必要なのは、中小企業において知財戦略を立案・実行できる人材の確保であり、国による支援態勢の整備が急務となっている。