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「真央が別人になった」タラソワ・コーチが語る(2)
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〈2005年12月、東京で行われたグランプリ(GP)ファイナル。タラソワさんは浅田真央選手の滑りに衝撃を受けた。15歳の少女がロシアの女王、イリーナ・スルツカヤ選手を破り、優勝したのだ〉
あのシーズン、スルツカヤはとても調子がよかった。全ての大会で勝利を手にし、記録的な得点を獲得していた。真央は技術的にもスルツカヤに近づいていた。世代を超える滑りだったわ。
〈しかし、浅田選手は年齢制限のため、翌年2月のトリノ五輪には出場できなかった〉
真央の五輪は実質的にはソチで3度目になる。トリノのときは数カ月、出場資格年齢に達していなかっただけ。あのとき、私は関係者に「五輪に出場させるべきだ」と提案したの。私は自分の意見をはっきりと述べるから、年齢は関係ないと言ったのね。でも認められなかった。
〈トリノ五輪でスルツカヤは3位に。金メダルは完璧な演技で荒川静香選手が獲得した〉
GPファイナルで負けたけど、スルツカヤはトリノでは意気消沈した様子を見せなかった。でも、スルツカヤを指導した経験者として思うのだけれど、心理的な影響はあった。彼女はそれを払拭することができなかった。真央は、スルツカヤを打ち負かしたのよ。
〈07~08年のシーズンから、浅田選手はタラソワさんの本格的な指導を受け始める。表現力や芸術性にさらに磨きがかかった〉
真央がまだ別のコーチに師事していたとき、私がショートプログラムの曲の振り付けをしたのね。数週間、真央を預かったあと、そのコーチから「真央が別人になった」と電話があったわ。真央は練習の虫ね。とにかく真面目に取り組む人。私は真央が自分に打ち勝って、実力以上の演技をしたときが大好き。真央は男子がするような演技をして、私のコーチとしてのイメージを広げてくれた。
〈タラソワさんの父親は、アイスホッケーのソ連代表チームを9度の世界王者に導いた故アナトリー・タラソフ氏。「ロシア・アイスホッケー界の父」とも言われた〉
父は天才だった。いつでも勝っていた。父からは、何よりも規律が大事ということを教わった。私は4歳のときに滑り始め、10代でフィギュアスケートのペア競技で欧州チャンピオンになった。19歳のときにけがをして、コーチに転身してから、いつも才能豊かな選手と関わってきたけれど、彼らは全てを私に託していた。1つの過ちが負けにつながれば、それはコーチの責任になる。これまで、私の指導した選手が3位以下に甘んじることはなかった。それは恥ずかしいことなのよ。(聞き手 佐々木正明)
1947年、モスクワ生まれ。4歳からフィギュアスケートを始め、10代でペア競技の欧州王者に。負傷のため19歳で現役を引退、コーチに転じた。トリノ五輪金メダルの荒川静香選手らを指導。浅田真央選手とは2007年から、かつては専属コーチとして、現在は演目の振付師として師弟関係が続いている。