SankeiBiz for mobile

「看取りの場所」から「帰るホスピス」へ 穏やかに逝くには…模索続く

ニュースカテゴリ:暮らしの健康

「看取りの場所」から「帰るホスピス」へ 穏やかに逝くには…模索続く

更新

恵子さんがしたためた「おれいのことば」。昨年11月から12月にかけて執筆。連絡先の名簿を作成、会場やしつらえなども準備していた  本人・家族支えた緊急入院と緩和ケア

 「ホスピスは看取(みと)りの場所」と思われがちだが、「今後は『帰るホスピス』が増えていく」との声が上がっている。高齢化でがん患者が増える中、痛みの緩和などのホスピスケアを、必要な人が等しく受けるにはどうすればいいだろうか。(佐藤好美)

 コスモスに囲まれた笑顔の遺影は、亡くなる半年前に撮った。「準備がいいのに悲観的」。元教諭、小林恵子さん(享年64)=仮名=を、家族はそう評する。

 恵子さんは昨年9月に十二指腸がんを再発、年越しが危ぶまれた。抗がん剤治療もしたが、3日の投与で10日は苦しむ。1クールで「もう、いい」となった。

 穏やかに逝ける場所をと思い、まず浮かんだのがホスピス。だが、訪ねると3カ月待ちという。「間に合わないね」と話していた折、緩和ケアが専門で在宅医療もする東京都杉並区の越川病院(越川貴史院長)を知った。

 「最後は家で」は願いだったが、本人も家族も「在宅看取りなんて無理だろう」と思っていた。それでも始めたのは、家に介護の担い手がいたことが大きい。夫の弘さん(75)=同=は退職後で、長女の裕子さん=同=は介護福祉士。仕事を辞めて母親の看護と介護を始めた。

 秋のある日、いつもの痛み止めが効かず、恵子さんは激痛と高熱で越川病院に入院した。痛み止めを変更し、1週間ほどで痛みは治まった。だが、本人も家族も退院が不安だった。病院なら急変にも対応してくれる。退院してしまったら、再入院できるのかも不安だった。しかし、越川院長は「必要なときは連携病院に入院してもらい、ウチが治療指示を出しますから」と言い、「弱気になったら帰れなくなっちゃうよ」と励ました。弘さんは「帰りたい本心を知って、わざと明るく言ってくれた」と振り返る。

 2週間で退院。痛み止めは飲み薬から24時間投与の点滴になった。痛ければボタンを押せば緊急投与もできる。危険な量は投与されないが、押した記録は残る。薬の増量・変更を検討するためだ。「あんな機材があるなんて知らなかった」(長男)

 不安を抱えて家での看護を再開した家族だったが、分かったことがある。「病院でも家でも、できることは変わらない。病院は安心だけど、病室では明け方まで1人になる。家ではいつも誰かの声がする。寂しさはなかったと思う」(弘さん)

 12月には点滴をごろごろ押して選挙に行った。年末にはぶり雑煮など郷土のおせちを裕子さんに伝授した。大みそか、テレビで「ゆく年くる年」が始まるとき、恵子さんは立ち上がって家族に言った。「いろいろありがとう。幸せだった」

 お別れ会は「ラッシュ時の車内みたい」(長男)に込んでいた。弔問客には恵子さんの手紙が渡された。「お礼に」とつづられたのは、38年間の教員生活で得た「子育てのヒント」。最後まで教師だった。

 患者増や変化する治療状況どう対応

 越川病院(35床)は緩和ケア病棟ではないが、越川貴史院長は病棟を「帰るホスピス」にしたいと考えている。入院患者の8割超が再発がん。在宅医療も行うため、医療用麻薬を使いながら退院する患者も多い。「状態が悪いときは緊急入院してもらい、痛みのコントロールが済んだら、再び家に帰れるようにできたらベスト」と言う。

 海外では「帰るホスピス」はごく一般的。日本でもこうした利用が増える背景には、従来の「看取る」ホスピスが利用しづらくなっていることがある。「都心では半年も入院を待つ例もあり、元気なうちからホスピスを探さなければならない」(越川院長)のが現状。柔軟に入退院ができれば、より多くの人が、必要なときにホスピスケアを受けられるようになる。

 だが、在宅看護が困難なケースもあり、退院は容易でない。越川院長は「広い病棟で最高の人員体制で精神的な対応もする。今までのホスピスには良い面もあるが、医療費の観点からも長期の入院は難しくなっている。ジレンマもある」という。

 国の政策でも長期入院は減らす方向。緩和ケア病棟には入院日数の規定はなかったが、昨年度の診療報酬改定で厚生労働省は61日以上の入院基本料を引き下げる一方、60日以内の入院基本料を大幅に引き上げた。

 患者像の変化もある。従来のホスピスは一般に、治療を終えた人が対象。だが、「分子標的薬などの登場で、ぎりぎりまで抗がん剤治療をする患者さんが出てきた。多様化するニーズに合わなくなっている」(越川院長)。国の「がん対策推進基本計画」では「診断されたときからの緩和ケア」も盛り込まれた。誰もが痛みなく治療を受け、穏やかに逝くにはどうすればいいのか-。

 現場では模索が続いている。

 看護・介護の緊急訪問、普及が鍵

 ホスピス医から在宅医に転じた山崎章郎医師の話「がん死亡の増加は今後、病院だけではサポートできない。在宅看取りを増やすことが必要で、ホスピスの役割は、(1)在宅患者の症状緩和(2)家族が看護に疲弊したときのレスパイト(一時預かり)(3)最終的な療養の場-の3つになるだろう。症状緩和の力量は医師による。経験豊富なホスピス医が経験の浅い在宅医の相談に乗ったり、症状緩和の困難な患者を短期入院で受けて戻したりすれば、安心して在宅医療に入ってくる医師が増える。日本ではホスピスの入院期間は6週間程度と長く、利用できるがん患者は6~7%。欧米では1週間程度の入院で症状緩和し、家へ帰る。日本でもそうなれば、より多くの人がホスピスケアを受けられる。それには在宅の受け皿整備が必要だ。介護保険では昨年、看護と介護が患者さんのコールに緊急訪問で応じるサービスができた。これが広がれば可能になる。患者さんはホスピスにいても、ふとした拍子に『できれば家にいたかった』ともらすことがある。僕は病院で『家のようなホスピス』を目指したが、本物の家にはかなわなかった。家での看取りは本人の思いに応え、家族も人生最大のイベントで役割を果たし、それがその後を生きていく力にもなる」

ランキング