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【江藤詩文の世界鉄道旅】バングラデシュ鉄道(1)日本人が架けた橋…「名前をつける自由もくれた」

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【江藤詩文の世界鉄道旅】バングラデシュ鉄道(1)日本人が架けた橋…「名前をつける自由もくれた」

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 高速道路のど真ん中で、突然クルマが止まった。いま通っているこの橋は、日本のODA(政府開発援助)によって架けられた。そう聞いて、車窓を撮影しようとカメラを取り出したときのことだ。

 いくら交通量がさほど多くないとはいえ、有料道路の真ん中で、写真を撮るためにクルマから降りたことなどこれまでない。しかしドライバーのココさんは「だいじょうぶ、だいじょうぶ。後ろから他の車両が追い抜くときには知らせますから」と、無邪気な笑顔を見せる。

 川の名前はポッダ川。いくつかの大きな川により国土が分断されたバングラデシュでは、橋は重要な役割を担っている。

 上流に目をやると、現代的なアスファルトの橋と平行して架かった古めかしい鉄橋を、ガタンゴトンと心地よい音を響かせながら、列車がのんびり通り過ぎていった。ハーディング橋。イギリスが植民地支配した時代の置き土産だ。英語名がそのまま残っている。

 新しい橋は、親しみをこめて「ラロン・シャハ橋」と呼ばれている。ラロン・シャハとは19世紀に生きた「バウル」の聖人の名前。「バウル」とは、ベンガル地方を旅しながら、ベンガル語で信仰の歌を歌う吟遊詩人のこと。ラロン・シャハンは「バウル」のなかで、もっとも崇拝されている。「日本は橋をくれました。そしてベンガル人が尊敬する聖人の名前をつけることができたのです」。

このニュースのフォト

  • 屋根の上に乗る人々。バングラデシュではごくありふれた風景で見慣れてしまうが、人命に関わる事故も少なくない
  • 日本が支援してできたラロン・シャハ橋。日本の援助は広く知られていて、そのためかバングラデシュには親日家がやたら多い
  • 撮影中に追い抜いていった“車両”はこちら
  • 「バウル」の文化はいまも受け継がれている。バウルの歌姫の歌は、ベンガル語の詞はわからないけれど、強くひきこまれるものだった

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