昔はもっとひどかった 日本人が「通勤地獄」から抜け出せない歴史的な背景
配信元:ITmedia ビジネスオンライン 更新このように「鉄道ストにも屈しないで定時出勤をするサラリーマン」が注目を集め、その愚直ともいうべき滅私奉公の姿が大きく報じられたことが、大地震がきても台風がきても、会社を目指す日本のサラリーマン像のロールモデルになったというのは容易に想像できよう。
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アバウトな日本人がガラッと変わった
その後、80年代、90年代になっても「時差通勤」はちょこちょこと唱えられてきたが、うまくいったためしがない。例えば、1991年には、総務庁(当時)が「時差通勤通学推進計画」という5カ年計画をぶちまけて、『ラッシュ時の最混雑率を「週刊誌を読むことができる」二〇〇%に引き下げることを目標』(日本経済新聞 1991年3月26日)としたが、今の状況を見ても分かるように「夢物語」で終わっている。
このように日本人が70年かけてやろうやろうと思ってもなかなか実現できなかったのが「時差通勤」なのだ。いくらクールビズを成功に導いた小池さんであっても、そう簡単にこの「壁」を打ち破ることができるのか、というのが正直な感想なのだ。
もちろん、かつてに比べたら「時差通勤」も少しずつ社会に普及している。そのような意味では、「時差ビズ」がまったく意味がないなどというつもりは毛頭ないが、「働き方改革」を呼びかけるやり方では、これまでとほぼ同じである。ゆえに、これまでとそれほど変わらない結果になる可能性が高いと申し上げているのだ。



