なりふり構わぬタイムアタック仕様
昨年、メガーヌR.S.トロフィーRが「7分40秒100」と言う途轍もないタイムを記録して世界を震撼させた。そのタイムは大排気量ミッドシップモデルでも簡単に到達することのできない数字だったから、世界が腰を抜かしかけた。だが世界が震撼した理由はそれだけではない。なんとメガーヌR.S.トロフィーRは、なりふり構わぬタイムアタック仕様を開発してしまったのである。
メガーヌR.S.トロフィーRは、徹底した軽量化に挑んでいた。基本的には5ドアハッチバックの街中をチョロチョロと移動するのが似合うコンパクトモデルである。だが、それをベースに、300馬力を炸裂する1.8リッターターボを積んだだけでは収まらず、5ドアモデルなのにリアシートを取り外してしまった。法規上2名乗車にしてしまったのだ。後席に人を乗せないならば、リアウインドーは開閉不可だ。薄板ガラスで軽量化をさせた。だとなればクルクルと回すウインドーレギュレーターも不要だ。リアワイパーもない。
その代わり、ホイールとブレーキはカーボンになり、ボンネットもカーボンだ。速く走るためには、たとえ大衆車としての機能を犠牲にしてまでも多くのパーツを取り外しつつ、高価な軽量マテリアルを贅沢に使っている。それもこれも世界最速タイム樹立のためだけなのである。結果的に949万円になってしまった。ベースのメガーヌが274万円だから、価格は約3.5倍である。
ニュルブルクリンクでのタイムアタック合戦は公式イベント競技ではないから、統一レギュレーションがない。細部では曖昧な部分も少なくない。だが、あるとすれば、車両ナンバーが取得できて不特定多数に市販されることが条件である。つまりは、一台限りのスペシャルモデルや、公道を走ることの許されないレーシングカーではないことが暗黙の了解なのだ。
いやはや、このクルマの精神をどう表現すれば良いのか頭を悩ませる。ともあれ、メーカーが本気であることに疑いはない。自らの技術力の誇示であり、プロモーションであり、ブランド構築のためなのであろう。だが結局のところ、エンジニアの意地と意地の張り合いなのだと思う。こんなエキセントリックな世界もある。
【クルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【試乗スケッチ】はこちらからどうぞ。