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高級食パンブームの仕掛け人 豊かな食文化体験で地域活性化

 豊かな食文化体験を

 就職したホテルで当時、最年少の27歳でスーパーバイザー(主任)となった岸本さんだが、結局、父の教え通り独立・起業に踏み切った。勝算はあった。パンだ。「シェラトン時代、ニューヨークでベーグルに出会って以来、パンにどんどん興味が膨らみまして。菓子パンから総菜パンまで幅広い。付加価値が付くビジネスだと考えたんです」。まずは高級ホテルでしか買えないようなパンを売る「TOTSZEN BAKER,S KITCHEN(トツゼンベーカーズキッチン)」を平成18年、東急東横線の大倉山駅(横浜市港北区)近くに開業した。

 店名には「突然、帰り道が楽しくなるようなパン屋に」との願いを込めた。ドイツのパン屋っぽい響きを狙い「TOTSUZEN」から「U」を取った。一帯は流行に敏感な高所得者層が多く住む地域。岸本さんはスーツにネクタイ姿でホテルのコンシェルジュのごとく接客した。「来られたマダムに、夕食が何か尋ねたり、『このワインに合うパンならカンパーニュですよ。日持ちしますしね』とか言って。バンバン売れました(笑)」

 店は雑誌などで紹介される超人気店に。しかし競合店が増えるとともに岸本さんはあることに気付く。「人々が本当に求めているのは普通のクリームパンやメロンパンだったんです」。とりわけ人々の日常に欠かせない食パンの高い将来性に着目。材料から配合、製造過程に至るまで研究に研究を重ねた。そうして生み出した高品質の食パンを売る専門店のプロデュースを手掛けることになる。

 30年、その第1弾となる「考えた人すごいわ」(東京都清瀬市)が開業。インパクトのある店名とは裏腹に、ほんのり甘く、ふわふわで絶妙の口どけの食パンにリピーターが続出。たちまち行列のできる人気店に。その後も「うん間違いないっ!」(東京都中野区と練馬区)、「非常識」(大阪市)、「もう言葉が出ません」(鳥取市)、「わたし入籍します」(大阪府枚方市)など、各地に“行列店”が続々登場。

 昨年12月にはミャンマー(旧ビルマ)のヤンゴンに日本スタイルのパンを販売するベーカリーカフェ「Yuki Mugi(雪の麦)」も開業、アジア進出への足掛かりも築いた。

 なぜそれほど支持を得られるのか。一つには、パン店で地域の活性化や文化の振興に貢献したいという岸本さんの哲学が人々をひきつける。実際、最初にプロデュースしたのは東日本大震災の被災地、岩手県の大槌町で25年に開業した「コッペパン」の専門店「モーモーハウス大槌」。震災の約1年後、24年に依頼を受けた仕事だった。25年にプロデュース業を法人化して大成功。異業者からの依頼が絶えない。大阪府東大阪市に今月オープンしたばかりの「キスの約束しませんか」も、経営母体は大阪市のビル管理会社。代表が岸本さんと大学時代の同級生だった縁で開業の運びとなった。

 奇抜さや意外性を巧みに利用し、パンを売る先にある豊かな食文化体験をプロデュースするというビジネスを成功させた岸本さん。確かに「考えた人すごいわ」とうならされる。次の一手が気になるところだ。

 きしもと・たくや 昭和50年、横浜市生まれ。関西外国語大学外国語学部スペイン語学科卒。外資系ホテルを経て20代後半で独立。平成18年、横浜市にベーカリーカフェ「TOTSZEN BAKER’S KITCHEN(トツゼンベーカーズキッチン)」を開業。23年から異業種のベーカリー開業を支援するコンサルティング業務を開始。25年、その業務を専門に請け負う会社「ジャパン ベーカリー マーケティング」を同市に設立。

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