思い出すだけで背筋に冷たいものが…
老齢の男性が運転していた。目視で確認できるほどゆっくりと走っていた。緊張をしている素振りはなかった。淡々と、目的地に向かってクルマを走らせている、と言った穏やかな雰囲気である。走行車線で身をすくめている僕らとは対照的な、落ち着いた表情がかえって不気味だった。
その時、はたと気がついた。その老齢の男性は、もしかしたら事故を起こすまで、自分が逆走していると気が付かないのではないだろうかと。というのも、男性は逆走の意識がないように思えた。自らの車線はガラガラに空いており、だが一方の対向車線は渋滞している。いわば、よくある一般道の渋滞にしか彼の目には映らないのではないか。そう想像したのである。対向車線が混雑しており、たが自分の進路である走行車線が空いていることは頻繁にあることだ。老齢の男性が目にしていた景色は、それと違いはないのだろうと。
その後、大事故になったという報道もなかったし、高齢者の逆走というニュースも目にしなかった。幸運なことに、大惨事にはならなかったに違いない。
ただ、それで安心していられないのも事実だ。逆走を予防する対策は進んでいるが、意識せず逆走してしまっているドライバーへ危険を知らせる施策がないからである。注意を呼びかける電光掲示板は、正しく走行しているドライバーでなければ確認できないような角度で設置されている。故に、掲示板で警告を発する手段はなく、警告灯を点滅させても、逆走してしまうドライバーが気がつくとは思えない。なんらかの手立てはないものだろうか。思い出すだけで、背筋に冷たいものが走る。
【クルマ三昧】はレーシングドライバーで自動車評論家の木下隆之さんが、最新のクルマ情報からモータースポーツまでクルマと社会を幅広く考察し、紹介する連載コラムです。更新は原則隔週金曜日。アーカイブはこちら。木下さんがSankeiBizで好評連載中のコラム【試乗スケッチ】はこちらからどうぞ。