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掟破った元CIA職員に冷淡なプーチン大統領
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以前も書いたが、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領(60)は、「元インテリジェンス・オフィサー(諜報機関員)は存在しない」という発言を好む。「諜報機関に勤務した者は一生、この世界の掟(おきて)に従うべきだ」というのがプーチン大統領の信念だ。
「裏切り者は敵よりも悪い」というのが、この世界の掟である。旧KGB(ソ連国家保安委員会)の場合、敵陣営に逃げ込んだ裏切り者に対しては、非公開で行われる欠席裁判にかけられ、死刑を宣告される。もっとも実際に殺し専門部隊が編成され、裏切り者を消すことは、ごく一部に限られた。KGBも役所なので、予算と人員に限りがある。小物にまでかかわっている暇はない。死刑判決を言い渡されたという事実は、逃亡した元インテリジェンス・オフィサーにとって心理的重圧になる。いつKGBの魔の手が迫ってくるかとおびえながら生活することになる。また、KGB現役職員の裏切りに対する抑止力にもなる。
プーチン大統領の元CIA(米中央情報局)職員エドワード・スノーデン氏に対する認識は、きわめて否定的だ。7月17日の露国営ラジオ「ロシアの声」の報道が興味深い。
<ウラジーミル・プーチン大統領は東シベリアの都市チタで17日に開かれた記者会見で、元CIA職員エドワード・スノーデン氏についての記者からの質問に答え、「国家間関係は特務機関の塵(ちり)くずよりも遥かに重要だ」と述べた。
プーチン大統領によれば、スノーデン氏には既に、「露米関係を損ねるようないかなる活動もロシアには受け入れられないと警告してある」と述べた。続いて記者から「人権擁護と反米活動の区別をどこに引くのか」と聞かれて、大統領は、「細部には容喙(ようかい)しない」と述べた。スノーデン氏は自ら進退を決する、と大統領。「私の理解では、スノーデン氏はロシアに終生留まる意図はもっていない。青年がいかなる決断を下すかは私には分からない。彼の決断ひとつだ」と強調した。
昨日16日、スノーデン氏を担当する連邦社会評議会の弁護士アナトーリイ・クチェレナ氏が述べたところによれば、スノーデン氏はロシア連邦移民局にロシアへの一時的亡命を申請した>(http://japanese.ruvr.ru/2013_07_17/118029993/)
現在、モスクワのシェレメチェボ空港の国際線乗り継ぎエリアに滞在しているスノーデン氏をプーチン大統領は、厄介者扱いしている。スノーデン氏に「仮にロシアへの一時入国が認められても、当局が政治判断で反米活動を行っていると認定すれば、米国に強制送還される」という認識を抱かせることをプーチン大統領は意図して、あえて「国家間関係は特務機関の塵くずよりも遥かに重要だ」という発言をしたのだ。
仮にスノーデン氏がロシアのエージェント(協力者)で、NSA(米国家安全保障局)の秘密情報をSVR(露対外諜報庁)に流していたならば、プーチン大統領はまったく別の対応をしたと思う。かつてのSIS(英秘密情報部、いわゆるMI6)に潜入していたソ連のスパイ、キム・フィルビーのように、ロシア国籍を与え、SVR顧問として優遇しただろう。
インテリジェンスの世界の掟に通暁(つうぎょう)しているプーチン大統領は、スノーデン氏の「国家よりも重要な正義がある」というアナーキズムと親和的な思想に強い忌避反応を示しているのだ。スノーデン氏のロシア一時入国が認められば、米国は表ではロシアに抗議する。ロシアはそれほど時間を置かずにスノーデン氏を亡命者として受け入れる中南米のどこかの国に出国させる。ロシアは米国にひそかにその事実を伝える。そしてCIAは、スノーデン氏を実力で取り戻す秘密工作に着手するであろう。(作家、元外務省主任分析官 佐藤優/SANKEI EXPRESS)
露国営ラジオ「ロシアの声」(旧モスクワ放送) http://japanese.ruvr.ru