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彫刻家・名和晃平の世界 異彩放つ「見たこともない形」
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人類は、イースター島のモアイ像やミロのヴィーナスなど、巨大な石像から美しい彫刻を世界各地で作ってきた。それらは長い年月を経てもなお、圧倒的な存在感で人を感動させ、魅了する。彫刻には、バーチャルの世界では味わえない「何か」がある。
日本で最も注目され、世界的にも著名な若手現代芸術家である彫刻家の名和晃平は、「彫刻はある一つの体験を生み出す」という。
名和が「300年もつ彫刻を」というオーダーを受け、約1000日間に及ぶ制作期間を経て、最新作を完成させた。私は、名和の作品の完成イベントに参加するため、ソウルからバスに揺られること約1時間半、ソウルの南80キロにある天安(チョナン)へと向かった。
バスターミナルを降りると、街灯に「KOHEI NAWA」と書かれたのぼりが、まるで国賓を歓迎するかのごとく飾られていた。その先には、頭上高くにそびえ立つ名和の最新作「Manifold(マニフォールド)」。私は圧倒されて見入っていた。
アルミ鋳造で作られた作品は高さ約133メートル、幅16メートル、奥行き12メートル。総重量は約26.5トン。名和の作品があるアラリオ・スカルプチャーガーデンには、他にも世界的に有名なキース・へリング、ダミアン・ハーストなどのアーティストの彫刻が野外展示してある。その中でも名和の作品は異彩を放っていた。
白一色で、見たこともない形。あえて、形容するなら、増殖過程にある入道雲のような躍動感があり、大胆でありながら丸みを帯びた立体的な彫刻の陰影は女性らしいラインをほうふつとさせる。「Manifold」とは、数学用語で「多様体、多岐管」という意味。情報、物質、エネルギーの3つのテーマを一つの巨大な形態にして、街中にいきなり出現する状況を作ったという。
今回は巨大な作品ということもあって、計画段階から「デジタルモデリング」という技術を駆使して精度を上げた。仮想の3次元空間にデジタル粘土で作成した球体をランダムに配置し、コンピューターの画面を見ながらペン型のタッチングデバイス(触感がわかる機器)を使ったという。それを空中で動かしながら、コンピューター内のバーチャルな粘土を動かし、実際に触っているような感覚で、削ったり膨らませたりして造形ができる。それはまるでSFの世界だ。
≪「都市の中にアートがあふれ出ていく」≫
名和は、他の数々の作品作りにおいても3Dスキャンやさまざまなコンピューターソフトを駆使する一方、アナログ的な素材や技法と対峙(たいじ)するなどハイブリッドなアーティストといえる。
2010年の暮れ、天安のギャラリーのオーナーであるキム氏から作品のオファーがあった後、名和は何度も天安に来て打ち合わせをした。「Manifold」というテーマで作るということが決まって帰国するその日、東日本大震災が起きた。飛行機で飛んでいる間に地震が起こり、着陸後に被害状況が刻々とニュースで伝えられた。
デジタルモデリングを徹夜で仕上げている最中に原発のニュースなど恐ろしい話がどんどん伝えられた。この作品を作ってよいものか悩んだ挙げ句、前進することを決心。「僕自身が3・11以前、以後に関係なく、この社会で生きている中でできたイメージだったので、作らないといけないと思った」
作品制作は3カ国で行われた。規模が大きいことから、日本で引き受ける会社が見つからず、3次元形状データを基に、中国の深●(=土ヘンに川、しんせん)で切削とアルミ鋳造を行った。それを神奈川県の工場に運び、200以上のアルミニウム製の鋳造パーツを溶接、研磨、仮組し、最後に、韓国の天安で2カ月間かけて完成させた。各サイトを移動しながら何百ものパーツを組み上げ、その精度を一定以上に保ち続けることは思いのほか難しく、完成は予定より1年遅れた。予算も大幅にオーバーし、肉体的にも精神的にもハードだったという。
「規模が建築物のようになってきたので、これからは建築もやっていきたいと思う。建築でも彫刻でもない作品づくりにも挑戦していきたい」と意欲を燃やす。美術館やギャラリーなどではなく街の中に作られたアートについても「一つのあり方として都市の中にアートがあふれ出ていくという構図があると面白くなっていくのではないか」と話す。
次のステージで彼の創りだす作品はどのようなものになるのだろうか。それをまた撮影する時が待ち遠しい。(写真・文:フリーカメラマン 中尾由里子/SANKEI EXPRESS)