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【ヤン・ヨンヒの一人映画祭】「世界の今を感じる五感」を回復 山形国際ドキュメンタリー映画祭
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「どこで映画の勉強を?」との問いには「NYの大学院と山形国際ドキュメンタリー映画祭(YIDFF)で集中的に学びました」と答えている。2年に1度YIDFFが開催される奇数年(今年は10月実施)には母校を訪ねる気持ちで山形に向う。世界から集まったえりすぐりの作品群にガンガン頭を殴られ、グラグラ心を揺さぶられ、あげく心地よい疲労感に包まれるという贅沢(ぜいたく)を味わう。それは私にとって毎日の忙しさに追われながら偏狭になりがちな価値観を壊し“社会を見る視力”と“世界の今を感じる五感”を回復させるリハビリなのだ。
YIDFFに初めて行ったのは1993年。TVのインタビュー番組のためHi-8ビデオカメラを買ったばかりの私にプロデューサーが薦めたのだ。「朝から晩までドキュメンタリー? あり得ない!」と渋々向かったが、初日ですっかりハマってしまい、食事の時間も惜しんで作品を見続けた。「重い、難しい、堅苦しい」だったドキュメンタリーに対する先入観は一瞬で消えた。安っぽい“客観”を装わず、徹底的に己の主観で観客とのQ&Aに挑む監督たちをみて、「これ、やりたいー!」と胸の中で叫んでいた。そして10年後、「ディア・ピョンヤン」(2005年)で監督として参加することになる。
今年は「スカパー!IDEHA賞」の審査員だったので、審査対象である日本作品を主に見ながらコンペ作品の会場へも足を運んだ。TVドキュメンタリーとは一線を画し、場面を盛り上げる過度な音楽や幼稚なナレーションを排した映像は力強かった。強烈に惹かれた作品はインターナショナル・コンペティション部門に出品されたサラ・ポーリー監督「物語る私たち」(カナダ/2012年)。ポーリー監督は女優から監督に転身し、すでに劇映画「アウェイ・フローム・ハー 君を想う」(06年)、「テイク・ディス・ワルツ」(11年)で高い評価を受けている。
今回「物語る私たち」をみて、フィクション映画に投影された彼女の映像制作のモチベーションを垣間見る思いがした。監督自身と親戚や友人たちが監督のご両親の過去や監督の出生の秘密について語っていく。ありのままの人間関係をさぐる映画をつくろうとする娘のために監督の父親がナレーションを務める。録音スタジオで父に指示を出す監督。父の語りはやがて周囲の人々の証言と重なり、今は亡き監督の母の秘められた過去、監督の実父の存在が明らかになっていく。
スクリーンに映し出される家族の過去の貴重な写真や映像たちは、ポーリー監督の指示のもと、家族に似せた俳優たちによってこの映画のために撮られたイメージだと明かされる。現在と過去の映像が事実と虚構を掻き混ぜ赤裸々な言葉をまとう。優しく実直な家族が浮き彫りになるプロセスは嘘と真実を結びつけ、監督の才能と勇気に劣らず大きく深いこの家族の愛をスクリーンから滲(にじ)ませる。その愛を一身に受けた監督は、亡き母の奔放な生き方と母を愛した2人の父の人生をひもといていく。
細部に至るきめ細やかな演出に感嘆しながら、一見クールビューティーなポーリー監督と家族の間の感情の渦を想像し涙が止まらなかった。目まいがするほどスリリングで挑発的かつ官能的で愛に満ちあふれた作品たちが、各会場で上映される1週間。それは人生の悲哀と歓喜に満ちた個人史が詰まった歴史の流れを感じさせてくれた。間違いなく「国宝」と言える映画祭! ますます多くの観客が世界から集まる知性と勇気に山形で出会ってほしいと願う。2年後、また母校を訪ねるのが今から楽しみだ。(映画監督 ヤン・ヨンヒ/SANKEI EXPRESS)