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【日本遊行-美の逍遥】其の一(山中漆器) 匠の美 木地師の技
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旅は僕にとって、さまざまなものと出会い、発見をし、インスピレーションを受ける最大の活力源。もともと手仕事に興味があり、土地の力を吸い込んだ伝統的な工芸品に惹(ひ)かれてきた。また、民具などの人が使い込んだ道具への愛着も感じていた。だから旅に出ると、工芸の産地を訪ねたり、手仕事の現場に足を運んだりすることが多くなる。
今回訪れたのは、石川県加賀市山中の木地師、佐竹康宏さん(61)の「工房千樹(せんじゅ)」。漆器は、木地師、塗り師、沈金師、蒔絵(まきえ)師など、職人たちの分業制によって成り立ち、山中塗も例外ではない。その中でも木地師は、ものづくりの源流にあたり、一番バッターのようなポジション。上質でなければ始まらない。そのスタートを担う職人の覚悟のようなものに触れてみたかった。そしてもう一つ、高い技術力を磨きつつ、これまでの山中塗とは一味違う、現代の漆器を作り出している佐竹さんの秘密を覗(のぞ)いてみたいと思ったのだ。
工房で佐竹さんの仕事を見せていただいた。木を読み、木と語らい、木目などの表情を見て、どう削り出したらその木を最大限に生かせるのかを、手で触れながら探っていく。ケヤキ、トチ、ミズナラ、カシ、クリなど、木は種類によって表情が異なる。木片をロクロにかけて大まかな形を削り出し(粗挽き)、時間をかけて燻製(くんせい)・乾燥して寝かせる。その後木が安定したら器の形に削り(中挽き)、最後に仕上げとして表面を薄く削り上げていく。削れば表面に水分が出てくるから、木が動く。それぞれの工程のあいだに、乾燥の時間を挟むこともあるそうだ。その長い時間をかけた丁寧な工程から生み出された作品は、実用的でフォルムが美しく、手にとると、想像をはるかに超えた軽さに驚く。ここまで薄く削り込むには、手の感覚が素材の深いところにまで届いていないと不可能だろう。ワイングラスの作品などは、ガラスよりも薄いのだ。
≪伝統を背負いつつ前へ進む≫
佐竹さんは、木地師の仕事だけでなく、塗りなどの漆器づくり全体の工程を担い、作品として仕上げる仕事もしている。作品制作のためには、分業に頼らず、工程全体をコントロールする必要があったのかもしれない。
それとも木地師として漆器づくりの流れを知っておきたいと学習した結果なのだろうか。しかし現代においては、事情はもう少し複雑だ。
日常生活の中に木があふれていた時代は、山中でも多くの木地師が活躍していた。しかし「早く作って、安く売る」の製品づくりが主流の現在、その数は10人前後に減った。市場にはメイドインジャパンと言い難いモノが多く出まわっている。「挑戦し続けることが大切だ」と佐竹さんは言う。木地師として何を残していくのか、切り開いていくのかを考えると、生き残るためにはチャレンジし続けるしかない。歩みを止めない人がいなければ、技術も伝統もそこで終わってしまう。伝統を背負いつつ前へ進む、それが現代の職人の姿なのだと感じた。
山中のとある神社に足を運んだ。平安時代、近江に隠棲していた惟喬(これたか)親王が木工技術を人々に伝授し、その技術が山中に伝わり木地師の村落を形成、そこから木地師は全国に広がったと伝えられている。山中はいわば木地師のルーツの場所だ。木地師は山の民として、山々を漂流しながら、豊かな自然があるところに根付いて、自然の恵みを受け取り、ものを作ってきた。
現代にはインターネットなどのメディアもあるけれど、そこから得られる情報は情報でしかなく、ものづくりにはもっと深いものが宿っている。山や海、木々の緑、暁に黄昏。豊かな自然に囲まれて生活し、その力に手をかけ、新しいものを作り出す。自然の豊かさは、生み出されるモノの豊かな表情につながっている。佐竹さんの姿は、「早く、安く、手軽に」が主流になっている現代社会への挑戦でもあり、“ホンモノ”とはなんであるか?という無言の問いかけでもある。
帰り道、山中から車で数十分くらいのところにある加佐ノ岬に立ち寄った。黄昏時、太平洋や瀬戸内海とも違う朱華色で、闇と混ざり合い、何ともいえない美しい逢魔時へと変わっていく。その刻々とうつろう時間に目を奪われて、気がつけばシャッターを切っていた。(写真・文:俳優 井浦新/SANKEI EXPRESS)
昨年12月、箱根彫刻の森美術館にて写真展「井浦新 空は暁、黄昏れ展ー太陽と月のはざまでー」を開催、ものづくり集団「ELNEST CREATIVE ACTIVITY」ディレクターを務めるなど多彩な才能を発揮。NHK「日曜美術館」の司会を担当。2013年4月からは京都国立博物館文化大使に就任した。一般社団法人匠文化機構を立ち上げるなど、日本の伝統文化を伝える活動を行っている。