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過ぎゆく時間、転ずる価値 柴崎友香

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過ぎゆく時間、転ずる価値 柴崎友香

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(柴崎友香さん撮影)  【本の話をしよう】

 森鴎外に「普請中」という東京を舞台にした短編があるが、現代でも都市という場所は常に工事が行われている。何年も続いていた地下鉄工事がやっと終わったかと思えば、すぐそばで建物を壊している。東京の街角では特に、まだまだ新しいと思っていた堅牢なビルさえある日あっさりと解体され、次々と新しい施設へ人が押し寄せ、それもすぐに飽きられていく。

 人間と廃棄の文化

 都市の成り立ちに興味を持って人文地理学を学んでいた頃に出会った本の中でとりわけ印象に残ったのが『廃棄の文化誌』だった。原題は「Wasting Away」。単に「廃棄する」ことだけでなく「荒廃」「無駄」「浪費」といった意味も含まれる。

 この本は、都市計画家ケヴィン・リンチが残した原稿をまとめた最後の著作。人の生活には「廃棄」がつきものである。食べればごみも排泄物も出るし、生活道具も住居もやがては廃棄される。ごみ処理やリサイクルから葬送まで、人間と廃棄にまつわる文化を丹念に考察している。

 廃棄を忌み嫌い生活圏の外へと追いやりつつも、捨てられたものを再利用し、遺跡や廃墟に心惹かれ、破壊に快感を感じてきた人間の、「廃棄」をめぐるまさに両義的な関わりがおもしろい。

 建物も計画通りに竣工したときが完成ではない。周囲の風景に馴染み、風雨にさらされて古びた姿が魅力となり、解体され廃棄されるときもそれがきちんと分別されれば資源となる。その経過を見通して作ることの必要性が書かれる。

 20年以上前の本だが、その内容は現在いっそう実感を伴って読める。リノベーションなんていう言葉も一般化した一方で、人口減少が予想される日本では示唆的な事柄も多い。巻末の都市住民のインタビュー記録を読むと、「未来」のイメージがとても悲観的なことに驚きを感じたりもする。

 都市(=人の暮らし)は、真新しく機能的なだけで成り立っているのではないからこそおもしろい。

 必然である「変化」

 『昭和の東京』は、23区ごとに街角の写真をまとめたシリーズ。

 夢中で見入っていると、「古き良き昭和」の作られたイメージとは違った姿に気づく。街路樹は少なく、川にはごみが目立つ(自分の記憶をたぐっても、道も空気もきれいになった)。

 それにしてもなぜ、「昭和」の街の写真は白黒ばかりなのだろう。昭和も後半は一般家庭にもカラー写真がとっくに普及していたはずなのに、この写真集に限らず昭和の街をテーマにしたものでカラーを探すほうが難しい。

 白黒であるだけで、時代が隔たって感じる。昭和20年代と60年代の遠近が縮まって、同じ平面上に見渡せる。平成になっても大都会の真ん中に意外に残っている昔のままの風景を探して収めている写真もあり、新しさと古さが混じり合う。

 物事が一方向に古くなり、価値が減っていくというわけではない。ただ、変化するのだ。しかしその変化が必然であることを、新しいものを生産し続ける人間は忘れがちなだけだ。

 過去の風景は、そこが変化したことによって、以前はこんなだったことに、あるいは、まだ同じものが残っていることにも、意味が生じていく。

 「waste」は重要テーマ

 『アメリカン・マスターピース』に収められているのは、100年以上も前に書かれた短い小説。広く、繰り返し読まれてきたストーリーが、望外におもしろい。

 棚の定位置に落ち着きかけていたものに、翻訳という機会によって新鮮に出会うことができる(日本の近代文学も“現代語訳”がいろいろ出れば楽しそうだ)。

 今の感覚で捉え直してあらたな意味を持つ部分もあれば、あまりにも普遍的な事柄に胸を打たれもする。

 …というふうにまとめようと思って選んだのだが、それよりも、小説にとっても「waste」は、欠くことのできない重要なテーマなのではないか、と、どの短編を読んでも思わずにはいられなかった。

 ≪時間の経過、容赦なさを感じ≫

 歩いていて、時間の経過を感じる場所に出会うと足を止めてしまう。人の生活が積み重なった建物が好きだ。長い間に多くの人が歩いてきた道が好きだ。

 人の意思・行為と時間や自然とがせめぎあい、そのバランス、関係が風景に表れている。改装の跡、工夫され取り付けられたパーツ、すべてを覆っていく植物の勢い、壁や屋根の傷み…。それらをじっくりと見るとき、人の存在の(不)確かさや時間の容赦のなさを、わたしは全身で感じる。(作家 柴崎友香/SANKEI EXPRESS

 ■しばさき・ともか 1973年、大阪市生まれ。2000年、デビュー作『きょうのできごと』(河出書房新社)を刊行。若者の日常を通じて、大阪の過去と今を描いた『その街の今は』(新潮社)で06年度芸術選奨文部科学大臣新人賞など、『寝ても覚めても』(河出書房新社)で野間文芸新人賞を受賞。近著に『わたしがいなかった街で』(新潮社)、『週末カミング』(角川書店)、エッセー集『よう知らんけど日記』(京阪神エルマガジン社)。

 ≪「廃棄の文化誌」(ケヴィン・リンチ著、有岡孝・駒川義隆訳)≫

 ケヴィン・リンチ(1918~84年)は米国の都市計画研究者。視覚的なアプローチから研究を行った巨匠。本書では日常から社会問題まで廃棄の本質に迫る。工作舎、3360円。

 ≪「昭和の東京」(加藤嶺夫著・写真、川本三郎・泉麻人監修)≫

 加藤嶺夫(1929~2004年)は出版社勤務の傍ら東京を散策、撮影した。本シリーズは4500枚の写真を区ごとに編集。順次刊行予定で、既刊は新宿・台東・千代田区。デコ、各1890円。

 ≪「アメリカン・マスターピース」(柴田元幸訳・編)≫

 「モルグ街の殺人」など、翻訳家・柴田元幸が長年愛読してきたアメリカ古典短編小説からえりすぐった、究極の「ザ・ベスト・オブ・ザ・ベスト」。スイッチパブリッシング、2205円。

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