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国際
桜の名所で育つ交流の芽 米国 ポトマック川
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米国の首都ワシントンを流れるポトマック川近くの「タイダルベイスン」と呼ばれる池の一帯は全米きっての桜の名所だ。1912年、当時の東京市長が桜の苗木を寄贈したのがきっかけで、春に咲く満開の桜は日米友好のシンボルともなっている。
ここから約24キロ上流、バージニア州グレートフォールズにある学校に、新たな日米友好の芽がしっかりと育っている。
穏やかな流れのポトマック川もグレートフォールズまでさかのぼると、川の様相は一変。岩に覆われた大小の滝、白波の立った激しい急流に魅せられ、米国中からカヌーの上級者たちが集まる。川沿いから車で10分ほどのところにフェアファクス郡立グレートフォールズ小学校がある。
教室をのぞくと、病欠を除く2年生22人が理科の授業の最中だった。ここでは英語を話すのは“ご法度”。日本語で算数、理科、保健の3教科を学ぶ集中プログラム「JIP」の児童たちはすべて日本語で先生とやりとりをする。
1、2年生担任の日本人教師マミヤ・サハラ・ウォーランド(65)がホワイトボードに貼られた氷の絵を指さしながら質問した。「これは何ですか。気体ですか、固体ですか、液体ですか」。1番に手を上げたジャスミンが「氷です。固体です」と回答。癖のない発音は日本の小学生と変わらない。ウォーランドが「氷は何でできてますか」と尋ねると、クレアが「水」とすかさず返す。
今度は温度計で屋外と教室内の気温を測定する。米国では気温はカ氏だが、ここではカ氏とセ氏両方だ。児童たちは温度計を見て教室内の気温はセ氏21度、カ氏70度とボードに書き込んだ。
2年生の授業が終わると、今度は1年生がやって来た。「あいうえお」をダンスやカードで覚えていく。ウォーランドがダンスのお手本を示すが、9月に入学したばかりの6、7歳児は落ち着きがない。ダンスそっちのけで隣にちょっかいを出す子供もいる。
「上手ではありません」「何をしているんですか」。大きな声で叱るウォーランドと助手だが、英語は決して使わない。「子供たちを日本語に浸すんです。授業参観も日本語。保護者には小声の英語で何を勉強しているか説明します」
フェアファクス郡では1989年9月、21世紀に向けてよりグローバルな人材を育成しようと、9つの小学校で教科を外国語で教えるプログラムが始まった。
スペイン語、フランス語なども導入されたが、グレートフォールズ小など3校は日本語を採用した。バージニア州選出の下院議員(共和党)フランク・ウルフ(74)が「絶対に日本語を採用すべきだ」と主張。バブル崩壊前で日本経済が好調だったこともあり、商社など日本企業も積極的に後押ししたのが効いた。
現在グレートフォールズ小の児童538人のうち約130人が、3人の日本人教師の下で日本語の授業を受けている。ウォーランドは91年、ニューヨークの法律事務所に勤務する米国人の夫の転勤に伴い、フェアファクス郡に引っ越してきた。子育てをしながら大学院に通い、バージニア州の就職フェアであったJIP教師募集に申し込み、その場で採用が決まった。以来、22年間にわたってグレートフォールズ小で教えている。
しかし、JIPはここ数年、常に存続の危機にさらされている。財政難に苦しむフェアファクス郡は公立学校の運営で約1億4000万ドル(約140億円)の赤字を抱え、3校のうち1校はJIPを廃止した。今年10月には教育長がJIPを含む小学校の外国語学習プログラム予算を550万ドル減らす案を提示した。
保護者の中にも「ぜいたくなプログラムだ」との批判がないわけではない。これに対し、グレートフォールズ小のレイ・ロネット校長(35)は「確かに財源は乏しいが、子供たちがグローバルにコミュニケーションできる力を与えることが高い優先順位を保っている」と主張する。
日本経済の縮小や中国、インドなどアジア新興国の台頭で日本語を習う必要性は減っている。それでもウォーランドに迷いはない。昨年、東京で証券会社に勤務する教え子と、新宿の天ぷら店で再会した。見違えるまでに立派になった青年の姿に、これからも授業を続ける決意を新たにした。
「米国で暮らし、日本の文化は素晴らしいとあらためて気が付かされた。日米に縁のあるポトマック川のほとりでできるだけ長く、日本の良いところを子供に伝えたい」(敬称略、共同/SANKEI EXPRESS)