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悩み相談 中島らもさんの絶妙回答 乾ルカ
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某所からながめた札幌ドーム。北の町にはまだ雪が残っています=2014年3月26日、北海道札幌市(乾ルカさん撮影)
若いころに勤めていた某教育機関の職場では、複数の新聞を取っていました。職員が読むためではなく、施設にいらっしゃる老若男女の方々のためのものです。早出シフトのときには、昨日の朝刊を引っ込め、当日の新聞をセットしておくのも、朝一番の仕事の一つでした。
その新聞の中に朝日新聞がありまして(産経新聞さん、ごめんなさい)、当時、一つ楽しみにしていたコーナーが連載されていました。
『中島らもの明るい悩み相談室』というのがそれです。小説のみならず、演劇、創作落語等、多方面で活躍されていた故中島らもさんが、送られてくる読者からのお悩みに答えるというもの。それが実に面白かったのです。
面白くて長く続いたコーナーですから、当然書籍化されました。最初は新書サイズで出ていた記憶があります。その後、中でもえりすぐりの質問と回答を集めた『中島らもの特選明るい悩み相談室 その1』から『その3』までが、集英社文庫で発刊されました。
明るい悩み相談室、ですから、採用される相談は、コーナー名のとおり、他紙の生活面などに掲載される「思春期との子供の態度が急に荒れだして」「義母とどうしても折り合いが合わず」などといった、深刻で重いものではありません。
女の子と一緒にいると、「君とここにこれてよかったゼ」などと、クサいせりふを口走ってしまうのをどうしてもやめられなくて悩む若い男性、家に帰るなり「服は束縛だ!」と全裸になる夫(台所に立つときだけは裸エプロン)に、なんとか服を着せたい奥様など。それらの一風変わった、あるいはかなりどうでもいいようなお悩みに、中島らもさんが時にはうんちくを、時には自分の体験談を織り交ぜ、いたって真面目に、それでいてユーモアをもって絶妙な回答をしていきます。前者の、クサいセリフを口走る男性への回答などは、北方謙三さんが実際に女の子におっしゃられたせりふを引用して答えていて、一度読んだら忘れられないインパクトもあります。
回答に添えられているイラストも、中島らもさん本人のほか、みうらじゅんさんや西原理恵子さんら、実に味のある方が担当されており、そちらのほうでも楽しめます。
こういった本のいいところの一つに、パッと開いたところから読める、という点があります。重厚な長編小説、あるいは取材を尽くしたノンフィクションなどは、そうはいきません。もちろん、長編小説やノンフィクションを否定しているわけではなく、たまには手軽に楽しめ、ちょっとクスッとしたいものを、といった場合にぴったりということです。そして「変なことで悩んだり疑問に思ったりしている人がいるんだなあ」とのんびりしていると、ひょこっと自分と似た考え方や疑問を提示した質問に出くわすことがあり、我が身を振り返ったり、なるほど、と思わされたりします。あるいは、ちょっと信じられないような奇癖を持った相談者には、「世界は広い」と妙に感心させられたり。どこをとっても飽きさせないし、根を詰めたときの気分転換にもなるので、今でもこのシリーズは手元に置いて、時々読み返しています。
この中で、個人的に忘れられない質問があります。『その3 ニッポンの未来編』に収録されている、「結局死ぬと思うと何もかもむなしい」というタイトルのものです。この悩みを投稿したのは、16歳の少女となっています。人間は最後に死ぬのに、なぜ一生懸命生きなくてはいけないのか、苦しみ悩んだり、努力しなければいけないのか、最後になにかいいことがあるわけでもないのに…という内容です。
明るい悩み相談室、なのですが、こういったシリアス寄りのものも、まれにあるのです。
この質問への答えが素晴らしくて、読んだ当時は目からうろこが落ちる思いがしました。思春期によくある悩み、と簡単にまとめたりはせず、人生における根源的な問題として、真正面から真摯に、温かく、らもさんらしい文章で提示されたその答えは、今も私の中にあり、ともに生き続けています。
人は悩み、考える生き物です。深刻であろうが、はたから見たらどうでもよかろうが、悩みは悩み。この『明るい悩み相談室シリーズ』については、面白み多きほうに寄った内容ではありますので、当然と言えば当然なのかも知れませんが、人間や人生って自分が考えているよりもちょっとばかり楽しいものかもしれないな、と思わされてしまいます。(作家 乾ルカ/SANKEI EXPRESS)
「中島らもの明るい悩み相談室」(集英社文庫、各457~476円+税)