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「捕虜交換」がもたらすもの

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「捕虜交換」がもたらすもの

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アフガニスタン・首都カブール  【アメリカを読む】

 イラク情勢の深刻化と、アフガニスタンで反政府勢力タリバンに5年間拘束されていたボウ・バーグドール陸軍軍曹(28)の「捕虜交換」による解放をめぐる論争は、バラク・オバマ米大統領(52)が残り2年半の任期で総決算するアフガン、イラクの「2つの戦争」に、米国がなお縛られていることを物語っている。タリバン幹部5人のカタール移送との取引は何をもたらすのか。

 国論は二分

 日本でも1977年の日本赤軍による日航機ハイジャックで、乗客乗員の解放のため「一人の生命は地球よりも重い」と獄中のテロリストを釈放した日本政府の判断が非難されたが、米国でも同じだ。野党共和党は「捕虜交換」に踏み切ったオバマ氏への批判を続けている。

 ところが、バーグドール氏が5月末に解放された後に米世論調査会社ギャラップが実施した調査では、国論が分裂している実情が明らかになった。

 テロリストの要求に妥協してでも米国人捕虜を安全に解放させるべきだと答えたのは43%で、テロリストと交渉すべきではないと答えた44%と拮抗した。特に民主党支持層では妥協派(61%)が強硬派(26%)を大きく上回り、共和党支持層(妥協派26%・強硬派64%)とは対照的だった。

 ギャラップ社は「オバマ大統領の究極の選択は、テロリストの要求を受け入れることで生じる潜在的な危険よりも、米国人の安全な解放をより重視する民主党支持層の信念に合致するものだ」と分析している。

 オバマ氏は5月末の外交演説で、米国に直接的な脅威が及ばない紛争では米国単独の武力行使を極力限定し、同盟国などとの「集団的行動」で対処する国際協調路線を打ち出した。

 ワシントン・ポスト紙とABCテレビの世論調査では、オバマ氏が発表した米軍のアフガン全面撤収計画を全体の77%が支持し、批判的な共和党支持層でも約6割が賛同している。「捕虜交換」は長年の戦争疲れによる世論の動向を計算した内向きな決定だったのかもしれない。

 「再統合」の狙い

 それでも、シリア内戦の深刻化、ロシアによるウクライナ・クリミア半島の併合に加えてイラク情勢が緊迫の度を増していることで、適切な手を打ってこなかった「オバマ外交」に対する信頼度が下がっていることは各種世論調査からも明らかだ。

 バーグドール氏は自ら部隊を離れたと報じられており、それが事実だとすれば「捕虜交換」を決断したオバマ氏の信頼度が下がるのは必至だ。米兵解放の意義を強調するため国防総省が行った、解放された捕虜の「再統合」プロセスに関する説明は実に興味深いものだった。

 解放された捕虜は、統合参謀本部に設けられた統合兵員回復局(JPRA)の管理下に置かれ、元捕虜の任務復帰(再統合)担当官や心理学者からなる大佐クラスのチームが支援する。このプロセスの重要な目的は、元捕虜から敵に関する情報を得ることだ。

 拘束されていた場所から安全な地域に移された元捕虜は、まず健康状態の確認を受けた上で記憶が新しい2~4日の間に敵に関する情報の提供を求められる。これを終えると、第2段階に移行し、より詳細な状況報告を行わなければならない。

 士気の維持に不可欠

 米国では「POW★MIA」と書かれた黒い旗を見かける。戦争捕虜(POW)と戦闘中行方不明者(MIA)を取り戻そうという国家としての意志のしるしだ。収容施設の監視塔の前でうなだれる兵士のシルエットの下には「あなたは忘れられていない」の言葉がある。

 バーグドール氏の救出に当たっては、6人の米兵が犠牲になったと報じられている。どんな手段を使ってでも捕虜を取り戻すという意志がなければ、精強な軍隊は維持できない。JPRA当局者は再統合プロセスの目的として「戦闘部隊の士気を維持し、作戦遂行能力を高めるため」と語っていた。

 バーグドール氏はアフガンからドイツに移され、このほどテキサス州サンアントニオの陸軍病院に帰国した。もちろん再統合プロセスの対象者だ。

 米国とタリバンによる「5対1の捕虜交換」が正しかったかの審判は、バーグドール氏がもたらすタリバン情報や米軍の士気への影響によって下されることになるのだろう。(ワシントン支局 加納宏幸/SANKEI EXPRESS

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