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【逍遥の児】赤レンガの旧陸軍武器庫
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雨が降る。江戸川を見下ろす高台。千葉県市川市国府台(こうのだい)。赤レンガ建造物、旧陸軍武器庫がひっそりたたずむ。いつ建造されたのか。建築方法から、明治時代と推定される。イチョウの大木。貴重な戦争遺跡を見守るかのように枝を張っていた。
敷地は、千葉県が管理している。通常、門が閉ざされ、立ち入ることはできない。6月の週末。市民団体「赤レンガをいかす会」が、県の協力を得て見学会を開催するという。年に1度の機会だ。わたしは事前に取材を申し込んでいた。当日の朝。目覚めると、雨。「小雨決行」と聞いてはいたが、空模様が気になる。午前7時40分。代表の吉原広さん(64)からメールが届いた。「見学会は実施します」。よし。行こう。わたしは傘をさし、雨合羽を着て現地に向かった。
見学会。多くの市民が集まった。吉原代表がマイクを握って説明する。
「国府台には陸軍野戦砲兵旅団が置かれていた。旅団はフィリピンや沖縄の戦場で戦い、壊滅した。戦争末期。米軍は東京を爆撃した。江戸川の対岸は、赤く染まったそうです。だが、武器庫は無傷で残った」
戦後、旧陸軍の敷地は千葉県血清研究所となった。赤レンガ建造物は破壊されることなく、生き延びた。2002(平成14)年、血清研究所閉鎖。戦争遺跡の存在は忘れ去られようとしたが、「赤レンガをいかす会」が光を当てた。
見学会で島田行信さん(73)と会った。元千葉県庁職員。昭和30年代、血清研究所に勤務していた。
「赤レンガ建造物は2棟あった。1棟は事務室。この建物は薬品などの倉庫として使っていましたよ」
島田さんといっしょに内部に入る。薄暗い階段を上る。2階。壁に古い貼り紙があった。「兵器掛」「使役兵」と記された文字が読める。
「ああ。昔のまま残っている。明治、大正、昭和、平成を目撃した歴史の生き証人ですよ」
老朽化が進む。窓は破れ、雨漏りが目立つ。このまま放置すれば、朽ち果ててしまうのではないか。なんとか保全を。そう願う。(塩塚保/SANKEI EXPRESS)