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【逍遥の児】東山魁夷の青春展

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【逍遥の児】東山魁夷の青春展

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 緑濃き、ゆるやかな坂道。登っていく。視界が開ける。眼前。ドイツ風の洋館が建っていた。白い壁。8角形の塔が印象的だ。東山魁夷(かいい)記念館(千葉県市川市中山)。

 昭和を代表する日本画家、東山魁夷(1908~99年)。青春期の作品を集めた「風景開眼I」展(8月3日まで)が開かれている。学芸員、中山和音(かずね)さん(27)の解説を聞きながら、館内を巡る。

 東山は横浜出身。18歳で東京美術学校(現東京芸術大学)に入学する。

 「夏休み、友人とともに木曽の山中へスケッチ旅行に出かけました。このとき、風景画家として生きていくことを決意したと伝えられています」

 木曽から両親に宛てたはがきが展示されている。

 -月は皎々(こうこう)と輝き、眼下、木曽の流れが岩に砕けて流れています。

 情景。目に浮かぶようではないか。

 1933(昭和8)年。25歳でドイツ留学。花屋、夜のソーセージ屋、踊り子のいる劇場、犬の群れなどのスケッチを残した。帰国後、ドイツで構想を得た大作「花売り」を完成させている。華やかな色彩。「まだ、画壇に認められることなく、模索していた時代の貴重な作品です」

 戦争が始まった。青年画家も召集された。戦後。母親が死去。住む家はない。絵は売れない。蓄えの金が尽き、どん底だったという。

 市川市に移住。支援者だった中村家(みそ醸造業)を頼った。事務所2階で間借り生活を始め、画業を再開する。「残照」などの作品が脚光を浴びた。ようやく画壇で認められたのだ。このころ、撮影した写真が残る。若き妻と2人。明るい日差しを浴びてほほ笑む。人生の希望を感じる。

 市川市に念願の新居兼アトリエを建築した。記念館の前。緑に包まれた邸宅が見える。東山邸だ。

 取材後。記念館の中庭「KAIIの森」を歩いた。シラカバ。アジサイ。画伯が愛した信州の森をイメージしたという。昼。館内のレストランでカレーライスを食す。窓から美しい庭が見える。ああ。いい。ゆったりとした初夏の時間が流れていく。(塩塚保/SANKEI EXPRESS

 ■逍遥 気ままにあちこち歩き回ること。

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