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青い猛り、渇き… 天才の作品群 「土田世紀全原画展――43年、18,000枚。」

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青い猛り、渇き… 天才の作品群 「土田世紀全原画展――43年、18,000枚。」

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第2期の土田(世紀)作品を紹介した展示室。描きまくった時代を表現するため、床から壁までマンガ原稿で埋めつくされている=2014年7月11日(提供写真)  【アートクルーズ】

 土田世紀というマンガ家を知っているだろうか?

 「俺節」や「編集王」「同じ月を見ている」など、才気あふれる作品を次々と世に送り出しながらも、2012年、43歳という若さで早逝(そうせい)した天才作家。25年の間に描かれたマンガ原稿は約2万ページに上るが、その膨大な作品群は、作風の変化によって、3期に分けられる。

 作風で3期に分類

 デビュー作「未成年」が描かれたとき、土田はまだ17歳だった。異様な完成度と同時に、若さゆえのほとばしる熱量をも併せ持ったこの作品は、同世代の作家たちを嫉妬させたという。初期作品の登場人物の多くは、作家同様10代の男子。彼らの、自己完結的であるがゆえにやり場のない青春の猛(たけ)りが、大胆かつ繊細な筆致で描かれる。演歌歌手を目指す東北の青年を主人公にした泥臭い青春歌「俺節」は、この時期の代表作にして、マンガ史に残る傑作である。

 1990年代、それらの作品で、目の肥えたマンガファンに注目された土田は、人気作家になってゆく。ボクサーくずれの直情型熱血青年を主人公に、マンガ業界の裏側を戯画的に描いた「編集王」や、競馬の世界をリアルかつ滑稽に活写した「競馬狂走伝ありゃ馬こりゃ馬」などがこの時期の代表作だ。

 とにかく描きまくった土田はしかし、次第にマンガを描く意味を見失っていく。がむしゃらな情熱を駆動力にしていた第1期とも、次々と舞い込んでくる仕事をひたすらにこなしてきた2期とも違う“何か”が必要だった。後期から晩年にかけての土田作品には、結果的に、その“何か”を求める作家の渇きが、生きる意味を問い続ける登場人物に反映されているような作品が多い。彼/彼女の多くは、避けがたい運命に翻弄されるが、他者や自然とのダイナミックな関係の中に自分が存在していると知ることで、その運命を静かに受け入れていく。静謐(せいひつ)な悟りすら感じさせるこの時代の代表作としては、「水の中の月」「同じ月を見ている」「雲出づるところ」などが挙げられる。

 「メッセージ」前面に

 現在発見されている1万9391点の土田のマンガ原画すべてを展示する本展覧会は、この3期に対応した3部屋で構成されている。

 第1期の作品を展示する部屋は、原画一枚一枚と対峙(たいじ)してもらうことを目的としている。部屋の照明がギリギリまで落とされることで、来場者は、ピンスポットで光の当てられた作品のみを、余計なことを考えずじっくり鑑賞することになるだろう。

 わたしたちが雑誌や単行本で読んでいるマンガは、通常B4サイズに描かれた原稿が縮小されたものだ。作家は、その縮小率を計算し、印刷でつぶれそうな部分を省略したりしている。しかしながら、この時期の土田の原画は、そうした計算が一切なされていないかのような偏執的描き込みが特徴。とにかく目の前の紙に向かって1枚の絵を完成させることに夢中になっている作家の姿が目に浮かぶ。

 第2期の大量生産時代を表現するため、この時期の作品を紹介する部屋は、壁から床までマンガの原画で埋め尽くされた。来場者は、土田の原画作品を踏みながら、文字通り土田世紀の世界の中で溺れているような酩酊(めいてい)感を感じることになるだろう。原画に染み込んだかすかなタバコの匂いは、マンガ原稿が、生きた人間によって創り出されていることも思い出させてくれる。

 メッセージ性が前面に出てくる第3期の作品を紹介する部屋では、紹介する作品の全体のストーリーがある程度理解できるような展示が心がけられた。マンガの原画展でしばしば言われてきたのは、「物語」が分断されてしまっている、ということだ。第1の部屋では「絵」としての土田作品を観てもらうことが目的だったが、この部屋では、「物語」と、そこに表現されている「メッセージ」や「テーマ」を来場者に知ってもらうことこそが目的となっている。

 魅力「再発見」

 マンガの展覧会というのは、ひとつの“表現”である。アニメ化やドラマ化することで、マンガ作品の新たな魅力を発見できるのと同じように、「マンガ展化」された土田作品を体感することで、この天才作家を“再発見”してもらいたい。(京都精華大学国際マンガ研究センター イトウユウ/SANKEI EXPRESS

 ■いとう・ゆう 1974年、愛知県生まれ。筑波大学第一学群人文学類卒業。大阪大学文学研究科博士後期課程単位取得退学。現在、京都精華大学国際マンガ研究センター研究員。専門は、民俗学(考現学)・マンガ研究(マンガミュージアム論)。

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