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黒田新体制、日銀人事の舞台裏 「麻生氏との盟友関係」ですがる財務省、疑心暗鬼の霞が関
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就任早々、量的緩和を強化するとみられる黒田東彦日銀総裁。「リフレ派」の手腕に注目が集まる=11日午前、国会・参院第1委員会室 前アジア開発銀行総裁の黒田東彦氏が20日、日銀の第31代総裁に就任した。副総裁には前学習院大教授の岩田規久男氏、前日銀理事の中曽宏氏が就任。安倍晋三首相は21日に辞令を交付する。新日銀の体制が決まるまでの舞台裏に迫った。
今年の実質的な仕事始めとなった1月7日、安倍晋三首相は官邸で黒田氏と会っていた。小泉純一郎政権で内閣官房参与を務めた黒田氏は、当時官房副長官だった首相とは旧知の仲である。20分弱の面会だったが、首相は「彼は悪くないな」との印象を持った。
「今はレジームチェンジ(体制転換)しようとしているときです。人格者で、安定感もある。平時であればよいが…」
1月中旬、武藤敏郎元財務事務次官の日銀総裁への起用を薦める財務省幹部に、首相側近は言葉を選びながら答えた。
武藤氏は10年に一人の大物次官と呼ばれ、戦後最長の2年半にわたって財務省トップを務めた「ミスター霞が関」(首相周辺)。2003年3月から日銀副総裁に就任し、08年3月には当時の福田康夫首相が総裁昇格案を国会に提示した。このとき、野党側が政権揺さぶりのため武藤氏起用を参院で不同意にした経緯がある。
「うちの大臣(麻生太郎財務相)と首相の盟友関係を考えれば今回こそ…」
こうすがる財務省幹部に、首相側近はぎこちない笑みを向けるしかなかった。首相の意中の人物が読めない霞が関は、疑心暗鬼に陥った。岩田一政日本経済研究センター理事長、岩田規久男学習院大教授、竹中平蔵慶応大教授…。次期日銀正副総裁選びは雨夜の品定めの様相を呈した。首相は霞が関の警戒や心配をよそに、人事案の構想を練り続けた。
これまで日銀総裁に就いた財務省OBは全員が旧大蔵事務次官経験者。黒田氏のような財務官経験者の起用は前例がない。国際金融を総括する財務官は事務次官に次ぐ官職だが、省内の主流は予算編成を担う主計畑である。
「主計官僚はミクロ的発想だが、金融政策は典型的なマクロ政策。考え方が違う」
首相周辺の一人は、首相の狙いをこう指摘した。
1月15日、首相は官邸に金融分野の専門家を呼び、約1時間半に渡って助言に耳を傾けた。メンバーは岩田規久男学習院大教授、中原伸之元日銀審議委員、伊藤元重東大大学院教授ら7人。それぞれが日本経済の現状認識やデフレ脱却策を披露した。
中でも、金融緩和を通じて物価を引き上げ、景気回復を実現すると唱える「リフレ派」の岩田氏は、日銀政策の課題といった持論を述べた。「ブレない理論を持つ人は『折れない矢』になる」(首相周辺)との好印象を残した。
首相には前回の首相就任直前、官房長官だった自分の制止を振り切って日銀が量的緩和政策解除を決めた結果、デフレ脱却に失敗したという「悔い」がある。日銀総裁・副総裁人事でリフレ派の起用することに、ぶれはなかった。
4日後の19日夜、首相は東京・永田町の日本料理店で旧友とテーブルを囲んだ。自民党の塩崎恭久政調会長代理、みんなの党の渡辺喜美代表ら第1次安倍内閣の閣僚を務めた面々だ。
「みんなの党を納得させることが大事だね」
首相はしゃぶしゃぶの肉をあっという間に平らげて追加注文すると、次期日銀総裁人事について話を振った。
自民党は、連立を組む公明党を足しても参院で過半数に足りない。衆参両院の同意が必要な日銀人事では、みんなの党の協力を取り付けたかったのだ。
渡辺氏は竹中平蔵慶応大教授、中原元日銀審議委員ら4人の名前を推薦した上で、最後に岩田学習院大教授の名前を挙げた。この時点で岩田氏の日銀新執行部入りが内定した。ただ、渡辺氏は「黒田氏の起用はリスクがあります」とも述べたという。
日銀の正副総裁をセットで考えていた首相は、総裁に国際金融畑に強いリフレ派を求め、副総裁には組織を引き締められる人物を起用する考えだった。岩田氏のほかに残る2人は誰にするか。官邸主導の人事は、最終局面に入った。
官邸内では、黒田氏と岩田一政日本経済研究センター理事長を軸に人選が進んだ。首相や菅義偉官房長官と近い竹中氏の起用案も残っていたが、首相の盟友である麻生氏は「学者の総裁起用は駄目」と難色を示し、組織運営力の観点からも黒田氏が最有力となった。
ただ、黒田氏には現職のアジア開発銀行総裁であるというネックがあった。
「日本は1966年の設立当初からアジア開銀の最大の出資国だ。借り入れ国側の中国から総裁が選ばれるとは考えがたい」
1月下旬、外務省の分析も交えた情報が首相側近にもたらされた。黒田氏を日銀新執行部入りさせた結果、アジア開銀トップの座を日本が手放すことになれば元も子もない。その懸念を打ち消す分析は、決定打となった。残るは1人。首相の考える組織運営力を持つ人物が絞り込まれていった。
「丹呉(泰健元財務事務次官)さんを起用されてはいかがですか」
昨年末、旧知の民間人は首相に内閣官房参与に内定していた丹呉氏の起用を薦めた。だが、首相は「丹呉さんは当面は自分のもとで働いてもらいたい」と即答した。副総裁のうち一人は、日銀生え抜き組から起用することが固まった。
浮上したのが中曽宏理事だ。中曽氏は昨年11月、改正日銀法施行後初の日銀理事に再任された「日銀のエース」(野党幹部)。日銀で国際関係を統括し、国際金融界でも豊富な人脈を持つ。
首相は今月5日、衆院本会議で強調した。
「デフレ脱却に向け金融政策に関する私の考え方に理解をいただき、確固たる決意と能力で取り組んでくれる方、国際社会への発信力がある人を念頭に人選してきた。最適任の方々だ」(尾崎良樹、坂本一之、平尾孝、小川真由美)