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【衆院選2014】元みんな代表渡辺氏、落選は「借り入れ問題騒動、解党が大きな要因」… 一問一答

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【衆院選2014】元みんな代表渡辺氏、落選は「借り入れ問題騒動、解党が大きな要因」… 一問一答

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敗因について語る渡辺喜美氏=14日夜、栃木県那須塩原市(原川真太郎撮影)  衆院選で6回連続守ってきた栃木3区の議席を失った渡辺喜美氏。栃木県那須塩原市の事務所で14日深夜、落選が確実となった段階で取材に応じた。記者団とのやり取りは次の通り。

 --今回の選挙を振り返って

 「私の力不足。残念な結果で申し訳ない。全ての責任は私にある。一生懸命応援してくれたのに結果を出せなかった」

 --敗因は

 「まず、自民党が非常に強かった。私は政策の実現こそ政治の魂だと言ってきた。(安倍晋三首相の経済政策)アベノミクスはもともと、私自身が金融緩和、積極財政、構造改革と3本立てで言ってきたこととほぼ同じ方向性。政策の実現という観点から安倍首相を応援していくべきだというのが私の考えだった。自民党が圧倒的に強い中で、この主張が(与党と差別化できず)有権者に受け入れられなかった。これが第1点。また、安倍政権との協調路線を取った結果、みんなの党の分裂という事態になった。政策の実現よりも選挙を優先する人たちが次々と離党、他党との合流という事態を招いた。その中で、私の借り入れ問題で騒動を起こし、党代表を辞任することになった。その後、党の路線をめぐって解党し、今回の敗北の大きな要因となった。裸一貫、無所属でどういう役割を果たせるのか、という思いを(有権者に)抱かせた。3つ目に、自民党が昔ながらの業界団体と首長を先頭に選挙を戦う一方、こちらはしがらみのない後援会を頼りに戦う選挙。あまりにも締め付けが厳しかった。昔ながらの流儀を凌駕(りょうが)できなかった。全て私の責任」

 --自身の政治とカネの問題について

 「党分裂という過程で出てきた問題。党を作るにはお金が必要。そのお金を貸してくれた方が、党を分裂させた人の言うことを聞きなさい、と言ってきた。私が従えば別の展開があったかもしれないが、私も不器用な男で、要請に従わなかったら、お金の貸し借りが公表された。私自身、党に8億円近く貸し付けていた。それが党を経営する偽らざる現実」

 --今後どうするか

 「家族、後援会、地方議員、有権者と相談して考えたい」

 --自民大勝という結果については。野党再編を言ってきたと思うが

 衆院選で6回連続守ってきた栃木3区の議席を失った渡辺喜美氏。栃木県那須塩原市の事務所で14日深夜、落選が確実となった段階で取材に応じた。記者団とのやり取りは次の通り。

 --今回の選挙を振り返って

 「私の力不足。残念な結果で申し訳ない。全ての責任は私にある。一生懸命応援してくれたのに結果を出せなかった」

 --敗因は

 「まず、自民党が非常に強かった。私は政策の実現こそ政治の魂だと言ってきた。(安倍晋三首相の経済政策)アベノミクスはもともと、私自身が金融緩和、積極財政、構造改革と3本立てで言ってきたこととほぼ同じ方向性。政策の実現という観点から安倍首相を応援していくべきだというのが私の考えだった。自民党が圧倒的に強い中で、この主張が(与党と差別化できず)有権者に受け入れられなかった。これが第1点。また、安倍政権との協調路線を取った結果、みんなの党の分裂という事態になった。政策の実現よりも選挙を優先する人たちが次々と離党、他党との合流という事態を招いた。その中で、私の借り入れ問題で騒動を起こし、党代表を辞任することになった。その後、党の路線をめぐって解党し、今回の敗北の大きな要因となった。裸一貫、無所属でどういう役割を果たせるのか、という思いを(有権者に)抱かせた。3つ目に、自民党が昔ながらの業界団体と首長を先頭に選挙を戦う一方、こちらはしがらみのない後援会を頼りに戦う選挙。あまりにも締め付けが厳しかった。昔ながらの流儀を凌駕(りょうが)できなかった。全て私の責任」

 --自身の政治とカネの問題について

 「党分裂という過程で出てきた問題。党を作るにはお金が必要。そのお金を貸してくれた方が、党を分裂させた人の言うことを聞きなさい、と言ってきた。私が従えば別の展開があったかもしれないが、私も不器用な男で、要請に従わなかったら、お金の貸し借りが公表された。私自身、党に8億円近く貸し付けていた。それが党を経営する偽らざる現実」

 --今後どうするか

 「家族、後援会、地方議員、有権者と相談して考えたい」

 --自民大勝という結果については。野党再編を言ってきたと思うが

 「私は野党再編と言ったことはない。政策実現のためには野党も与党もないという立場。安倍首相がデフレ脱却のための大胆な金融緩和をやる、これは私が自民党時代から主張してきたこと。みんなの党結党以来、物価安定目標も掲げてきた。こういうことを実行に移した政権は初めて。私はこのやり方を代表質問でも称賛している。2番目の矢については、われわれは減税を主張してきたので少し違うが、積極財政の方向性は一緒。そして構造改革をきちんとやる。これは時間がかかるが、結果として評価されたということだと思う。一方、私の方は(与党との)差別化ができなかった」

 --解党の影響を敗因に挙げたが、期待の受け皿がなかったということか

 「それが全てとは言わないが、党を応援してもらうのは、3区では渡辺喜美を応援してもらうのと同じ。その片方の車輪が外れてしまった。深刻な支持の離反を招いたと思う。無所属は党代表と違い、党首討論をできるわけでもなく、一新人と同様、どぶ板でかけずり回るということだから、みんなの党を作って5年間やってきたことが無に帰したイメージを持たれてしまった」

 --今後、国民運動などは考えているか

 「たくさんの仲間、地方議員がいるので今後考えたい。渡辺美知太郎議員の議席がある参院で今後どう展開できるか模索したい。保守でありながら徹底的な改革を進める勢力の結集を期待したい」

 --父への思いを

 「おやじは行商人から地域にかかわり、税理士となり、いろいろな職種の税務申告に関わる中で政治の壁にぶち当たり、県議、国会議員となった。この地域を知り尽くしていると言っても過言ではない。私も裏方の頃や1年生議員から10年ぐらいはそういう感じで選挙区を回った。党代表になり、残念ながら地元に帰れなくなったが、今回『原点に戻れ』というご批判をいただいた。おやじに比べれば、まだまだ。地盤は相続できるものでもない。民主主義の中で、有権者が他の候補がふさわしいと判断をした。これは厳粛に受け止めたい」

 --業界団体、首長が相手陣営に回った。過去の遺恨はあったか

 「首長選というのは一方の候補を応援しても中立でも遺恨が残る難しいもの。今回、自民に付かれた首長さんらは、そういう方々だと思う。私が相手候補を応援した、あるいは中立を守った。そういうことが遠因だと思う」

 --前回、みんなの党は党勢を伸ばしたが、今回は第三極全体が低調だった

 「(有権者が)自民党の政策、方向性に期待感を失っていなかった。第三極はそれに代わるビジョン、マクロ経済政策を提示できなかったのが敗因。構造改革は皆、似たようなことを言っている。これは実際に効果が出てくるのは5年ぐらいかかる。金融政策は2年ぐらい。消費増税で1回目の金融緩和が帳消しになってしまったが、2回目の金融緩和の効果は2年後ぐらいに出てくる。その間、財政政策で私は減税と言ってきたが、そういった明快なマクロ経済を主張する政党が第三極に見当たらなかったのが国民の期待を集められなかった原因だろう」

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