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「強い文脈」には嘘がある レモンの展示に見る「弱い文脈」の洗練

安西洋之
安西洋之

 レモンの展示は床におよそ3万3000個の本物のレモンを並べ、その上を歩けるガラスの「ステップ」がある。この会場に足を踏み入れると爽やかなレモンの香りが包み込む。しかし、会場には人工的に抽出されたレモン精油も散布されており、嗅覚がより刺激されるような仕組みになっている。一方、レモンにも延命するための防腐剤が使用されているのだ。美しさの裏に自然のものと人工的なものが入り組んでおり、世界の「複雑さ」や「不確かさ」について暗に言及している。 

 1997年、資生堂のザ・ギンザ・アートスペースで最初に展示され、その後、世界各地でも巡回した。当時、ぼくも見たことがある。今回の展覧会名「地球はレモンのように青い」とのハッシュタグでインスタグラムを検索すると、6月30日現在、250以上の投稿があり、それらの7~8割はレモンに集中しているように見える。

 だから人々がレモンの展示に圧倒されているのは確実と想像できる。そして、廣瀬さんのおよそ30年間の思考の軌跡を追って全体像が見えてくると、レモンの展示が何を象徴しているのかがよりはっきりと認識できたに違いない。「レモンもいいけど、そのほかも面白い」という表現は、パーツではなく「考えの総体」に興味をもった証拠だ。

 実をいえば、これまで長い間、廣瀬さんの抽象性の高い一部の作品はマニアに受けるが、そうではない人たちは感想を表現する言葉を見つけるのに苦労するのではないか、とぼくは思っていた。

 それらの作品は記憶には残るが、決して尖っていない。見る人を不快にさせることはない。だが、それゆえに主張が弱いのではないか、と自分の思考力よりも作家の表現力に責任転嫁しやすいかもしれない、とも想像していた。

 だが今回、鑑賞者のそうした迷いを、見事に振り切ったのではないか。

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