作家が力尽くで振り切ったのではない。そんな力を使うことを廣瀬さんは好まない。そうではなく、尖ることで存在感を出すバカバカしさに、見る人がそっと気がついたのではないか。
コンテクストデザインについての著書もあるデザイナーの渡邉康太郎さんは、「弱い文脈」が弱いままで状況をつくる力について静かに語る人だ。強い文脈には嘘がある。「私は嘘を言わない。本当のことしか言わない」と大声で叫ぶ人を信用できるだろうか。
この渡邉さんの言葉を借りれば(廣瀬さんの表現では「軽やかさ」になるだろう)、廣瀬さんの作品の数々は「弱い文脈」に属するために、暴力的に人を圧倒することはない。だから敵を作らない。それがために逆に、一つ一つの作品の真意をそれだけで理解しようとする人には落ち着きが悪い。
作品がそれぞれに対話をしながら、あらゆるところに「弱い文脈」が張り巡らされていることに気がつくと、自ずと浮き上がる全体像の見事さに脱帽する。若手の前のめりのアーティストたちも、この洗練さにはかなわないのだと思う。
足を運んでいないで展覧会を語るのは、ぼくも怖い。しかし、考えと表現が洗練されていることの大切さは何度語っても語りきれない。
【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。