ぼくはこれまで何十カ国を旅してきたはずだが、その訪問国数にはあまり意味がないと考えている。学生時代は旅した国をリストにして喜んでいたが、ある時点からまったく興味が失せた。
やや比喩的表現をすれば「バックパッカーはバックパッカーの生態に詳しくなるが、文化とはどういうものかの理解を深めるものではない」と思ったのだ。ぼくはある文化のディテールに詳しくなることよりも、文化とは何か、あるいはその解釈の仕方を知りたかった。いわんやバックパッカーの生態にはまるで関心がなかった。
ぼくがたまたまイタリアに長く住んでいるのは、イタリアの国のことを事細かく知りたいからではない。イタリアを素材にして文化全般に対する多様な見方を知る、または身に着けることができるからだ(と、ある時点に気づいたからだ)。
ある程度の数の国を訪問し文化とは多様であることが分かれば、そこからは広さではなく一カ所で深くいった方が、結局は文化の全体像の理解に近づくと考えたからに過ぎない。
(もちろん、これには後付けの理由もあるが、基本的な方針はこうである)。
よって、ぼくがダイレクトに見聞したことや、生活を送りながら思いついたことに基づいて書くのは、自分の知っていることは思いのほか一般に押し広げられると言いたいためだ…とも考えられるなと思う。