他のイタリアの大人たちがどう対応しているかと言えば、彼らは結構まんざらでもない表情をして、「一発やるぞ!」みたいにボールを蹴っている。それで会心のキックができると嬉しそうだ。昔の杵柄をとる、というほどに大げさではない。でもちょっぴりと気持ちがアップするみたい。
きっと自分たちが子どものときに、「ボール!」と大人に頼んだのだろう。だから、「お願いします」がなくても、そんなこと気にならない。それよりも自らの少年のときの記憶が蘇るほうに心が躍るのである。
そんなこんなだから、一言足りないと瞬間に思ったぼくは、なんとつまらない人間なのかと少々自己嫌悪に陥る。すごくではない。ほんのわずか、心に微風が吹く程度だ。
そして「ああ、日本人だなあ」と思うのである。
ぼくの少年時代、離れた他の地域に住む同年代の子たちが「お願いします」と頭を下げたかどうか、よく知らない。でも、漫画のなかでそういうシーンがわりとあった気もする。また、今の日本で同じような場面で子どもたちがどういう態度をとるのかも知らない。
それでも、まったくどうでもいい日常生活の些細な局面で、「自らのうちにある日本人気質なるもの」を引っ張り出してくる。