「お互いの違いを認め合う」のは多様性ある社会の基本である。だが、そう簡単なことではない。
どうしても、前述したように「お互い似ている」と見なした方が、とりあえずは圧倒的に楽なのだ。チームで最初の一歩を踏み出すにも、類似点の確認が手法として実践的だ。
しかし、後のプロセスになって、この安易さが足をひっぱる。
したがって共通要素を出発点にするのではなく、違いを出発点にするアプローチの必要性をつくづく思うのである。最初に違いを認め合い、それを受け入れ合えてこそ、次のステップで出逢う共通要素の背景も明確に理解できるだろう。
更にいえば、コンテクストに依存しない要素、コンテクストに依存する要素、両方ある。前者のはずなのに、実は後者であったと後になって分かるのがトラブルの元である。しかも、後者を共通要素と見なしていた時に傷は深い。
繰り返すが、ここで書いている転換は精神的にもややしんどいはずだ。辛口の懐疑主義と言われるかもしれない。視野が狭くなったとも第三者の目には映る。
だからこそ、明るい「違いが分かる人」を目指さねばなるまい。
【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。