ある年齢になったら結婚という圧力がまだあるだろうが、かつてと比較すれば少ない。結婚する理想年齢を前提に職の選択肢の範囲を狭めなければいけないという障壁を突破することが、容易か否かは別として、他人から非難されることは少なくなったはずだ。
結婚自体、同じ国籍同士に限らない。違った国籍の人と一緒に生活すると決意した人の数も増えている。その結果が、スポーツの世界で活躍するアスリートの多様性として、誰にでも認識されるようになった。
言うまでもなく、その変容を心地よく思わない人が差別的な発言に及ぶこともある。しかし、そうした差別発言に公然と反論する人も同様にいる。
長々と書いてしまった。これらはぼくがメディアから仕入れる情報と実際に若い人たちと話して知る現実の組み合わせである。いろいろと問題はあるにはあるが、何らかの抜け道も含めて選択肢は増え、それらが目にみえるカタチで存在し、自ら調べればその突破口も見いだせることも多い。
ぼくが20代の人たちと話していて思うのは、このように選択肢がたくさんあるにも関わらず、それらが自分の選ぶべきオプションであると思っていないケースが多いということだ。
「そういう道があるのは知っているけど、何となく調べるのを敬遠していた」というパターンである。
選択肢があまりに多いと自分で選ぶ判断に自信がなくし、姿勢としてネガティブになるという傾向がある。しかし、そうではない。選択肢そのものを見ていないのだ。選択肢の中身を調べるよりも、数少ない突破口のありかとそれをどう通過するかに頭を悩ませている。