今日から使えるロジカルシンキング

ロレックスとパテック フィリップはなぜ他の高級時計を突き放せるのか

苅野進

 第26回 トレードオフの解消法

 かつて保温性の高い下着は分厚いものであり、薄くなればその分保温性が犠牲になっていました。「保温性」と生地の「厚み」はトレードオフの関係だったのです。そこを技術で突破して大ヒットとなったのが、アパレル製造小売、ユニクロの「ヒートテック」です。トレードオフの解消には、通常はこのような「技術的な革新」が必要になります。軽いのに強度の高い素材や小さいのに大量のデータを収めることのできる記憶媒体など、私たちは毎週のようにトレードオフを解消する大小のブレイクスルー(打開・突破)を目にすることができます。

 では、トレードオフの解消とは技術者にのみ実現可能なものかといえばそうではありません。前回簡単に紹介したスペイン発のアパレル製造小売、ZARA(ザラ)の例はその最たるものです。

 アパレルにおいて「品質」と「価格」はトレードオフとなっています。どちらかを満足させれば、どちらかが満足いかないものとなるのです。

 ZARAはそこに「トレンド」という第3の軸を意識させることに成功しました。「品質」「価格」「トレンド(デザイン)」という3つの評価軸のうち、「価格」と「トレンド(デザイン)」を満たしていることをアピールしたのです。そうすることで、満足度が高まったと印象付けることができているのです。

 ZARAの服は「『安い』けど『品質が良くない』」から、「『品質は良くない』けれど、『安くて流行のデザイン』」というように、加点材料のほうが多いと考えてもらえることで差別化に成功しています。

 サービス提供側がトレードオフに悩んでいる状況というのは、顧客側に相場感ができ上がっているということです。そうなると、アピールする材料が少なくなり、価格競争になったり、認知度獲得合戦となり消耗してしまいます。そんな状況を技術的ブレイクスルーではなく、ZARAのように新しい価値基準をアピールすることでも顧客の支持を得ることができるという例を紹介してみます。

 高級腕時計の2強が抜き出ている理由

 時計は時刻を正確に表示するという点では性能が頭打ちになっています。日本製のクオーツ時計は申し分のない正確性ですし、デジタルはもちろんズレません。高級な機械式時計も普段の生活では不都合を感じることはないでしょう。ここでは、「価格」と「アピールできる格式」がトレードオフになっています。安ければアピール度が低く、高ければそれなりのアピールになるというものです。

 20代の社会人ならこれくらいの価格帯。30代ならこれくらい。デザインによる売れ行き以上に、「~円くらいの時計を探している」というオーダーが多い製品です。こうなると同じ価格帯の時計を並べたときに「知っている」というのが重要な要素になるので、広告による認知度獲得合戦となってきます。

 高価格帯の時計のマーケットで現在圧倒的に強いと言われているのがロレックスとパテック フィリップです。この2つのブランドの購入者の購入理由として目立つのが「資産として価値がある」というものです。この2つのブランドは、「使用してから売却するときに値崩れしない」という点が「高価格でアピール度が高い」という点に加えて支持されているのです。パテック フィリップの広告では、親と子の両方が写っている写真が使われています。

 資産として相続していく対象としてアピールしているのです。ロレックスもパテック フィリップも同価格帯の時計は多く存在しますし、デザインとして突出して好まれている訳ではありません。しかし、「資産価値」という点での支持率は圧倒的です。そして、その支持率が相場を維持するのに役立っているという好循環になっているのです。

 「本来なら手を出そうとは思わない価格帯だけれども、そんなに資産価値があるなら買ってみよう」と思ってもらえます。トレードオフがわかりやすい=相場ができ上がっている世界で、対象を広げるにはこのように別の価値基軸を入れることが大事なのです。

 チェキに加わった第3の価値

 カメラの世界も性能と価格のトレードオフが明確になってしまっています。それぞれが予算にあったものを買うという世界なので、価格競争になってきています。そんななかで、「『安い』けれど『画質』はいまいち」の分野で「残せて楽しめる」という3つめの価値をアピールして大ヒットとなっているのが富士フイルムが発売したインスタントカメラの「チェキ」です。

 20年前から存在した製品ですが、スマホカメラが普通になり「印刷された写真」や「加工されていない写真」が珍しくなった今だからこそ、インスタントカメラのもつ価値がアピールポイントとして大きく支持を集めるようになったのです。売上は15年前の100倍にもなったそうです。

 第3の価値によって価格設定力をもつ可能性も

トレードオフが存在するマーケットでは相場に合った、限られた層しか買ってくれなくなります。しかし、第3の価値のアピールに成功すれば、他の不具合には目を瞑ってでも買ってくれる層が出現します。そして、価格設定力も持つことができるようになるのです。

苅野進(かりの・しん) 子供向けロジカルシンキング指導の専門家
学習塾ロジム代表
経営コンサルタントを経て、小学生から高校生向けに論理的思考力を養成する学習塾ロジムを2004年に設立。探求型のオリジナルワークショップによって「上手に試行錯誤をする」「適切なコミュニケーションで周りを巻き込む」ことで問題を解決できる人材を育成し、指導者養成にも取り組んでいる。著書に「10歳でもわかる問題解決の授業」「考える力とは問題をシンプルにすることである」など。東京大学文学部卒。

【今日から使えるロジカルシンキング】は子供向けにロジカルシンキングのスキルを身につける講座やワークショップを開講する学習塾「ロジム」の塾長・苅野進さんがビジネスパーソンのみなさんにロジカルシンキングの基本を伝える連載です。アーカイブはこちら