予定調和はロクなことを教えてくれない。
音楽を聴く。本を読む。これらの行為において、アレッサンドロはその世界にある「文法」あるいは「コンテクスト」を知ることに傾倒する。彼の目が輝くのは、そのなかに文法を崩すもの、いわば不協和音を見つけた時だ。
作家や演奏者が意図的であろうと単なるミスであろうと、それは構わない。
「マーケティングやコミュニケーションは受け手が期待するものを提供するわけだが、アートは受け手の予期していないところにボールを投げることだからね」とアレッサンドロ。
アレッサンドロは、かつてはやや不摂生な生活をしていた。酒を飲む量も多かった。今は毎日、ちょっとした時間をみつけて走り、ストレッチをするようにもしている。まだやっていないが、ヨガにも興味をもってきた。
体調と創造意欲の関係を自覚するようになったのである。
冒頭の話題に戻ろう。
「好んで食べるのは、生ものだね。肉でも魚でも貝でも、生がいい。野菜も。ワインは良く飲む。普通は白だ。出身のトレント産やヴェネト産が多い。ワインの最高級は赤だと思うが、そのレベルの赤じゃないなら、白を選ぶ」
ワインを飲みながら時を一緒に過ごすプライベートライフの仲間は、アートとはまったく関係のない友人たちである。アーティストは四六時中、ほっぽっておくとものを考えてしまう。この癖を自覚しているからこそ、こうした普通の会話に没頭することを大切にする。
ソーシャルメディアも美術館やギャラリーのアカウントはフォローせず、友人たちの投稿だけを眺める。
それらの友人は幸せである。アーティストは自分が馴れている世界との距離の取り方を教えてくれるからだ。
【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。