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「イタリアの福井見つけたい」 ミラノ育ちの息子が知ったポジティブ日本 (2/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 この2年間、ぼくが講演する内容は「事業をするうえで、問題解決ではなく、意味をどうつくるか」をテーマとすることが多い。問題解決にはチームでアイデアを出し合うのが有利であるが、意味は1人1人の審美性(こだわり)が方向性をつくるので、1人で考えるプロセスがどうしても必要である点を強調する。

 そうすると会場から「1人1人が自分で考えるというプロセスが日本の人には不得手であり、そう上手くいくと思えない。どうすれば良いのか?」との質問を受けることが多いのである。

 イタリアの社会・学校において1人で考えることを徹底されている息子からすると、どうしても違和感が募る。そして「日本は全体主義の社会なのか?」と後でぼくに聞いてくる。

 日本で1人1人が考えないわけではなく、あるいはどこの国においても付和雷同的な判断はあるものだ。だが、日本と欧州の社会を比較した場合、日本では1人で考え判断を下す習慣が少ないことは否定できない。

 その傾向が、息子の目にはネガティブな印象に映る。これまで息子のそうした意見を、ぼくもそのまま現実として受け入れてきたが、同時にポジティブな日本をみせるよう努めていたか?と、福井の旅で自問することになったのだ。

 都内では古い町並みを見せてきたし、京都や大阪にも連れて行った。東北の津波の後、仙台近郊の海辺の生々しい被害状況もあえて目にさせた。

 しかしながら、冬は厳しい気候であろうと、美しい風景のなかで身体を使って生き抜く人たちの姿に接することはなかった。

 息子の場合、日本で祖父母との時をかつて過ごし、観光客が見ないリアルな生活は見ている。それにプラスしてビジネスの現場にも立ち会っている。それらの経験が、彼の内発的な文化理解欲求には不十分であったわけだ。

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