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「格差の象徴」ラグジュアリー企業 社会的批判は運命か (1/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 先週に引き続き、ラグジュアリーという言葉を冒頭にもってくるのは気が引けるのだが、最近考え続けているテーマなのでご勘弁を。

 ラグジュアリー市場という呼び方がある。本来、他称としてラグジュアリーと呼ばれたモノよりもさらに広く、ラグジュアリーを自称している企業も含まれる。この業界の指南役とでもいうべき米国のベイン・アンド・カンパニーの2018年のレポートによれば、観光などの体験領域を入れるとグローバル市場規模は144兆円(120円/ユーロ)であるが、その中にある個人消費財に限定すると、およそ31兆円である。

 この31兆円は服やバッグなどのアクセサリー領域であり、一般の人がラグジュアリーと想像しやすいところだ。というのも、体験に入るプライベートジェットや豪華クルーザーあるいは人里離れた超高級ホテルなど、あまり一般の人には目が触れないので、実感を得にくい。

 さて、この31兆円という金額だが、トヨタの連結決算での数字と近似だ。同じようなお金が動いていて、どちらが社会的なインパクトがあるだろうか、とつらつらと考え始めた。

 4月、パリのノートルダム寺院の火災後、LVMHなどラグジュアリーを牽引するとされるグループが一斉に巨額の寄付金を決定し、今さらながらにそのビジネスの凄さに驚いた人も多かった。そのLVMHの昨年の年商は5兆6000億円だ。ラグジュアリー市場における同グループのシェアを考え、トヨタの売り上げと比較すると、なんとなく「そんなものかあ」程度にはイメージができてくる。

 社会的インパクトというのは測りにくいが、どちらが社会的な批判の対象になっているか?という見方もあるかもしれない、とふと思う。

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