商売人から経営者へ
〈事実上の縁故入社だったジャスコ(現イオン)を9カ月で辞めた〉
今度は父親に「アメリカに留学しようかと考えている」と言い、再び東京に戻りました。英会話学校へ通っていたが、ぶらぶらグセは直っていませんでした。以前から付き合っていた、今の家内との結婚も考えていたが、半年くらいしてから「結婚を認めるから帰ってこい」という父親の説得に自分でも観念し、昭和47年8月、宇部に戻りました。
〈宇部で紳士服の家業を継ぎ、25歳で事業を任された。著書『一勝九敗』(新潮社)などでは、失敗の連続だったと振り返る〉
当時は年商1億円程度の店舗になっていました。不肖の息子とはいえ、ジャスコの仕事の流れや仕組みを実体験しているから、品ぞろえから仕事の流れなど、店全体に効率の悪さを感じていた。商店街の中の洋服屋でグレードの高いスーツを売っていても、回転が悪すぎる。赤字ではないものの、そんなにもうかってはいない。商売の中身が分かってくればくるほど、徐々にいらだってきました。