Aさんは、いい寿司をつくるためには、まな板が大事だと考え、日本一のまな板を探す旅に出た。やがて日本に2本しかないという貴重な材木でつくった、最高級のまな板を手に入れた。次に探したのは包丁。知り合いから情報を得て、玉鋼で製造した特別製の包丁を見つけてきた。
寿司さばきは、どこの店にも入らず、全て独学で練習した。寿司アカデミーに行くという選択もあったのだが、「そこに通って寿司職人の腕を磨いたら、アカデミーの手柄になるから嫌だ」と、断念。ある意味、徹底している。ネタの仕入れも、自分で卸し市場に通い詰め、高級寿司店に負けないレベルのネタのルートを確保した。
経営者視点を持ち続けよ
彼の寿司を僕も食べさせてもらった。うまい。ネタの質も仕込みも完璧で、この寿司が、修業期間の意味では“素人”のつくったものとは、信じられないレベルだった。ひと通り食べた後のシメは手製のラーメンだった。これがまた絶品にうまい。「寿司のシメといえば玉子とか、みそ汁を出すのが許せない」という理由で、ラーメンなのだという。
オリジナルのコーヒーも出してくれた。豆は独自のブレンドで、旨味(うまみ)の脂肪分を漉さない金属フィルターを使い、特製の南部鉄瓶で淹(い)れたという。これもやはり絶品。
Aさんのこだわりは「おいしく食べてもらって、喜ばせたい」に尽きる。修業してスキルを学ぼうという発想が根本からない。だから、本当の意味で客観性を失わず、何がお客さんを感動させるのか? という視点で、揃(そろ)えるべきものを揃えられたのだ。
彼は味を引き立てる設備と材料を得るために、素早く行動した。道具の揃えや店の構え、パフォーマンスに細部まで手をかけた。そのこだわり度合いは、僕から見ても、ちょっとぶっ飛んでいる。
でも、このぶっ飛びが、本当に優れた料理人に求められる要素ではないだろうか。時間は、かけたくない。できるだけ早く、できるだけ高い質の味を、お客さんに食べさせて褒められたい。そのためには、修業を捨てて好きなようにつくる。そのシンプルな欲求と破天荒なエネルギーが、唯一無二の新たな職人をつくりあげた。(ITmedia)