デザインの専門家だが医学の学会にも出席し発表もする。アルツハイマーに侵された患者たちのための施設を研究し続けるアレッサンドロは、まったく土地勘のない学会にも果敢に挑戦し、そこで医学研究者たちを仲間にひき込んできた。
フランスとの国境の街に育った彼は、「境界の存在」で自分の活動範囲が規定されるのがとてつもなく嫌いだ。「境界」を自らの智恵で超えられると気づいた思春期以降、とにかく前進することに全エネルギーを注いできた。
(だから前進を止めたように見える今のロンドンが気に入らないに違いない)
一方、私生活で彼の表情は一変する。家庭や週末の生活をとても大事にし、アーティストでもある奥さんには「あなたは昼間、自分の好きな仕事をやっているのだから、夕方以降は家庭のことを大事にするように」と言われているらしい。
即ち、彼の「やりたいようにやる」は、息子・娘のいる家族に犠牲を強いているわけではない。愛情をたっぷりと注ぐことが、彼の「やりたいこと」なのだ。時に彼自身を抑え込んだ父親の姿も思い出すのだろう。
80歳になる手前で亡くなった父親は、寸前まで庭仕事のために木に登るような人だった。ロンドンのパブでぼくと酒を飲みながら「いつまでも若く、というのは肯定的に捉えられることが多いが、人はある時点で老いることも受け入れないといけない。父親を反面教師としてそのことを学んだ」と彼は語った。
ぼくたちは、人の自然な姿に従うのが一番なのだ。そうしてぼくたちは乾杯した。
【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。