ローカリゼーションマップ

イノベーションにヒーローはいらない 「意味ある目的変更」は深い思考から (1/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 俗に言われる「ぶっ飛んだイノベーション人材」とは幻想である。少なくても、今の世の中ではだんだんと古臭いイメージになっているのではあるまいか。それなのに、この類の人材を待望する声はなかなか消えない。

 たった1人でビジョンを生み出し、何らかの具体的なコンセプトに落とし込み、八面六臂の行動力で周囲の人を説得して巻き込み、プロジェクトを成し遂げる。そして、そのプロジェクトの社会的なインパクトは群を抜いている…。

 新事業開発であれ、商品企画であれ、社会的活動であれ、どの分野でも、そういう人が最高だと思われている。いや、正確に表現すれば、「思われ過ぎている」。

 殊に、「出る杭は打たれる」風土にあっては、「出すぎた杭は打たれない」を強調する需要がどうしてもある。

 だが、その手の人材をゼロから育成するというのは極めて挑戦的だ。それだけでなく、仮に一見「ぶっ飛んだイノベーション人材らしき」人が育ったとしても、今日求められるイノベーションに相応しくない可能性が高い。即ち「出る杭は打たれる」文化的特徴を運用するに夢中なあまり、あるいは特徴の不利な点を反省するあまり、イノベーションを巡る大きな動向を見失っている。 

 どういうことだろうか?

 今年2月のコラム『洗練されたリーダーシップは「聴く力」に支えられる 日本文化が生かされる時』に以下を書いた。上記は、この内容と関連する。

 “現在言われるリーダーシップとは、誰でもその状況になれば発揮することが期待される素養である。組織の一定の地位にある人に任せておくものでは、すでにない。一言でいえば、前述したように、進むべき方向を決めることができる人である。その方向が結果として良いか悪いか、これは決める段階で誰にも分からない。だから一度決めた方向がまずいと分かったら、その時点で方向転換を図るべきと確信を持てる人でもある”

Recommend

Ranking

アクセスランキング

Biz Plus