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当事者意識の持ち方が勝負どころ 勉強の苦手だった人は適切な主語を選ぼう (1/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 社会人になってかなり時間を経てから学校の勉強が苦手だった、とぼくは気がついた。学校に通っているとき、それに気がつかなかった。愚かにも程がある。

 学生のとき、さほど優秀ではないが、苦手とは自覚していなかった。成績が良くないことと、勉強が苦手ということが直接つながっていなかった。

 友人が「俺は学校の勉強が苦手だ。自分の関心のあること、自分が生きるに有益と思える勉強はするが、勉強のための勉強ができない」と自嘲気味(あるいは、自慢げ)に話していた。

 彼は強烈な個性がある人間だった。彼の自宅の部屋にある膨大な書籍を眺めながら、それはそうだろうとぼくは思った。こんなにも関心の対象がはっきりとしているのだ。ぼくのような普通の人間には吐けないセリフだ、と頭を垂れた。

 社会人になっても、講演会で講師の話を聴衆の1人として聞いて眠くなるのは、登壇者の話がつまらないからであって、散漫にしか人の話を聞けないぼくの能力の問題だとは想像していなかった。

 しかしながら、ある時、一定のテーマについて短期間で資料を猛烈に読み込み、人に会いまくるという自分の行動パターンが繰り返されることに気がついたとき、「ああ、こういう風に熱中できるテーマを学校では見いだしていなかったのか(だから机に伏せて寝ていたのか!)」と考えた。それでやっと、つまり学校を卒業してかなり年数を経て、学校の勉強が苦手であったと認識した。

 要するに、自分の関心のもったテーマを自分がプロジェクトとして推進する際、必要な理論武装のためにはエネルギーを注げる。学生時代の友人の言葉が今ごろになって分かったのだと、若干、忸怩たる思いも抱いた(今さら、自慢にもならない年齢になっていたのだが)。

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