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第2波懸念に「にわか分析」がまたぞろ闊歩 安易な納得に納得しない (1/3ページ)

安西洋之
安西洋之

 人は納得することが大事だ。それが決断につながり行動につながる。

 「君が自分で納得することが大事なのだ」と他人に何度も言われ、同様に他人に何度語ったことだろう。このセリフに縁のない人を知らない。

 人生のさまざまな分岐点でどちらに進むべきかを考え、結果がどうであろうと自分が納得さえしていれば、その先も前向きに進める。

 だから「納得した」という言葉に対する他人のコメントは、「君は本当に納得したのか? それでは次の一歩を踏み出すのだね(あるいは、踏み出さないことにしたのだね)?」との確認を求める言葉になるだろう。

 「それを納得とは言わない!」と他人がどう騒ごうと、本人が「いや、納得している!」と断言すれば、話はそこで終わる。

 さてこの数カ月間、ソーシャルメディアで「これは腹落ちする説明だ」「これは納得できる」というコメントを散見することが多い。新型コロナに対する記事やコラムを引用して「これは納得がいく」と書いている人のことだ。ウイルスの性格や特定の国での感染者の多寡を解説した記事やコラムである。

 それらの筆者が感染症の専門家である場合もあるが、大多数はその近辺にいる人か、まったくの素人である。

 そうした文章を漁るように読んで、とにかく何らかの安心や用心の糧にしようとする人が、殊に3月から4月頃はとても多かったように思える(ぼくも、その1人だった)。

 だが世界のあらゆる国に感染が広がり、国ごとの感染状況の違いは単なる時差であった場合も次第に明らかになる。結局、感染初期から言われた「この新型コロナについては分からないことがまだ多すぎる。だから『分かった』という言説には疑いをもて」という一点は正解であることが分かった。

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