論理的な詰めが甘くても自身の意思や欲求を優先したい。その場合の納得は歓迎だろう。世の中は論理的に説明できないことだらけなのだから。
一方、論理的な詰めを求めるのは無理だから、他人の納得に従う自分に納得するのはお勧めできない。これは自らの自由を放棄している。
とるべき道は、納得しない自分に耐えることだ。あるいは、納得しない自分に納得することである。
これができると、例えば論理的な正当性が得られず、自分の欲求も満たさないことを、無理なかたちで引き受けなくてすむ。そして後になって「なんで、あんなので納得したフリをしたのか」と後悔しない。
納得しない状況は、正直いえば落ち着きがさほどよくない。だが、それも馴れの問題だ。その揺れる自分を自然と泳がせる、もう1人の自分をセットできれば何とかなる。
「もう1人の自分なんて難しくてセットできない」と嘆くなかれ。誰でもできる。一度設定できれば何回でも使える。しかも使えば使うほどに成熟していくはずだ。これで納得できるかな? 笑
【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。