しかしながら、ロールスロイスとの違いを言えば、階級社会を背景に成立したヨーロッパブランドと違い、センチュリーは“モノづくり”の精神性を究めることでそのカリスマ的なブランド評価を獲得してきたことでしょうか。そういう意味では、まさに日本のモノづくりの真髄を表現する“ブランド”と言えると思います。
カリスマブランドならでは物性を超えた何か
それにしても、今回の騒動で今後多くの知事はセンチュリーに乗ることを敬遠するに違いありません。知事が乗らないものを各地方のお役人さんも公用車として使えるわけがありません。企業にしたところで、今までも社長はレクサス、クラウン、場合によってはメルセデスベンツやBMWを選ぶことがあっても、会長のみセンチュリーが許されるというような感覚がありましたが、今回のような騒動を横目に見るとそれさえ敬遠してしまうケースも出てくるのではないでしょうか。
そうだとすれば、伝統工芸品のごとき日本のモノづくりの粋が利用される場面がますます減り、我々も路上で崇める偶然を喜ぶシーンが減ってしまうのかもしれません。
若い頃こだわりある大好きな外国ブランドの腕時計をしていると、思いがけず皮肉を言われたりすることがありました。性能やデザイン、着け心地の良さなど機能を気に入って自分のお金で賄っていることですから、とやかく言われる筋合いもないのですが、物性を超えたところに意味・象徴性をまとってしまうのもまたカリスマブランドならではの宿命なのかもしれません。
万年Tシャツにジーンズ、電気自動車に乗る若き起業家が世界にインパクトを与え続ける時代。希少な別格ブランド「センチュリー」が体現してきた日本の美意識やモノづくりの精神。まさに次の100年に生き続けるのだとすれば、どんな形があるのでしょうか。
【ブランドウォッチング】は秋月涼佑さんが話題の商品の市場背景や開発意図について専門家の視点で解説する連載コラムです。更新は原則隔週火曜日。アーカイブはこちら