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中央集権的なコミュニティは非人間的 「今、地方だ」大きな声で叫ばれる背景 (1/3ページ)

安西洋之
安西洋之

この何年間か「地方創生」や「地方活性化」という言葉を頻繁に目にする。一時、「世界は大都市同士の競争時代に入った。これからは地方をどう見捨てるか? がテーマだ」という不穏なフレーズさえ出かねない勢いだった。いや、実際、そういうフレーズも読んだ覚えがある。

 それが今や地方が語られない日はない。ここでいう地方とは、日本のなかでざっくりといえば東京以外のすべての地域を指している。大阪や名古屋でさえ「東京以外」という捉え方になっている。もちろん、東京も一地方には変わりないのだが…。

 

 「今、地方だ」と大きな声で叫ばれるのは、「分散型システムを機能させるべきだ」とほぼ同義である。東京に代表される都市を極としたあり方が問われているのである。したがって東京が地方であるかどうかという問題ではない。

 いわば中央司令塔に地方が従属するとの構図は、グローバリゼーションや大量生産・消費の時代が似合う。正確にいえば、グローバリゼーションに似合うように地方が合わさざるをえないとの事情が多分にあった。

 だが、さまざまな要因が状況を違ったものにした。その一つに、グローバリゼーションがすべてであるとは人々が考えなくなった、ということがあるだろう。

 実は4月15日、「『地域再生』はイタリアに学べ!! --クチネリからテリトーリオへ」とタイトルされたオンラインイベントのモデレーターをやることになった。それで「地域」「地方」「ローカル」について再考しているところだ。

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