身体を動かすにもややソフト志向に転じたフルビオだが、自らの中にあるもともとの欲求が弱まったわけではない。空間を大きく移動したい。かなり激しい運動をしたい。こういう欲求だ。
彼が過ごした昨夏の休暇は、その最たるものだ。
山のなかをマウンテンバイクで走り回る。週末、ロードバイクでミラノ近郊を走る。これまでも、このような習慣はあったが、20日間、毎日平均およそ100キロを走ったのである。午前中に走った気分で、その晩に宿泊するホテルを昼食時に決める。
ミラノを出発して南東に向かった。一日目はピアチェンツァ近郊に泊まり、そこから海抜1500メートルの山越えをしてリグーリア州へ。エミリア・ロマーニャ州、トスカーナ州、ウンブリア州、そしてアドリア海側のマルケ州にたどり着いた。
地図を眺めれば分かるが、アペニン山脈を横断している。ミラノには電車で自転車とともに戻った。
「軽いロードバイクで荷物もあまり持たずに走ったので、距離は長いがとても気楽な旅だった。それもあって、イタリアの美しい風景を存分に堪能できた。泊まる場所も田舎の小さな村で、見知らぬ人との会話にも花がさいた」
ある小さな村のバールの入り口に「COVID-19のため、ツーリストメニューは10ユーロに値上げせざるをえなくなりました」と書いてあった。フルビオがこれをオーダーすると、ラザーニャ、肉、チーズ、デザート、コーヒーと一揃い。ワインも飲み放題だ。10ユーロ(およそ1300円)といえば、ミラノのランチなら一皿食べられるかどうかの価格だ。
その価格を申し訳ないと釈明しないといけないと感じる人がいる。この現実に目を開かれる思いがしたに違いない。日々、ペダルを踏んで自身と語り合ってきたフルビオにとって、「現実感の多様性」がより敏感に感じられただろう。
この感覚をぼくは失っているのではないか? とふと我が身を顧みた。
【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。