「何かを分析したうえで計画実行するのが苦手です。いつも、ある時に、これだ!との想いに衝き動されるタイプ」と椎名さんは話す。どうも、そうとばかりにはぼくの目に見えないのだが、自分をどう判断するか自体が人の性格だ。
その一般論を踏まえたうえで話を続けよう。
30数年前、トスカーナ州のオルチャ渓谷を初めて目の前にした時、「身体の震えが止まりませんでした」(椎名さん)。その後も、かの地に立つと自然と涙があふれ出る。
オルチャ渓谷は2004年、ユネスコ世界遺産に登録された、なだらかな田園風景が広がる場所だ。彼女はここに将来住みたいという。そのため、まずは今冬、家を借りて実験的に住んでみるとの決意を聞くと、思わず喝さいを送りたくなる。
「今まで気候のよいオルチャ渓谷しか知らなかったのです。一番生活しづらい冬を過ごしてみて、それがいけたらその先を考えようと思って」
なんだ、とても慎重な計画ではないか。リカルドが緻密に立案したのだろうか。彼女にとってオルチャ渓谷行きは「心のふるさとに帰る」との感覚らしい。
椎名さんは「20代の自分と今の自分が同じ人間とは全然思えないのです。他人の痛みがよく分からない嫌なやつでした」と話す。
離婚の前後、5-6年の期間ですごく変わったという。あの「嫌なやつ」もオルチャ渓谷には叶わなかったのだ。
「そのころにつきあったモノはMemories of Italyには出てこないですね。ひたすらクラシック音楽の曲を聴いていました」
好きな本も映画も身体に入ってこなかったらしい。だが、ピアノ曲だけは心が受けつけてくれた。
30年以上を経て今、イタリアにどう思っているのだろう。
「イタリアって懐が深いですよね」と一言。
あ、これはぼくもそう思う。是非、太字で書いておきたいくらいだ。どんなにウンザリするようなことがあっても、もう一方に、人を人として包み込んでくれる空気がある。気のせいであってもね。
【ミラノの創作系男子たち】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが、ミラノを拠点に活躍する世界各国のクリエイターの働き方や人生観を紹介する連載コラムです。更新は原則第2水曜日。アーカイブはこちらから。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ローカリゼーションマップ】も連載中です。