とはいえ、デザインはビジネスの世界のなかで育まれ、共に歩んできたとの素性が色濃い。実践者も研究者もデザインとビジネスの関係については、それなりの知識とノウハウもある。
アートはビジネスの世界とは無縁であることに意味があった。だからこそ新しい要素としてのアートがビジネスパーソンの目に新鮮に映る(殊に、アートとは縁のなかったビジネスパーソンにとっては)。そのため、アートとビジネスの関係についての経験や蓄積があまりに少ない。
ゆえに、デザイナーやアーティストとはまったく関係のないところで、デザイン領域を推進したい人とアート領域を推進したい人が、不毛な議論をしがちである。どちらがビジネスに効果的なアプローチか?と争う。
この議論が世界の各地で頻繁に起こっているのならまだ分かる。例えば、実際、「デザインはビジネスに有効か?」との議論は散々されてきた。
しかし、ぼくの確認した限り、アート思考を巡る議論については日本での特殊現象のようだ。日本のそれなりのレベルの人たちが、実体のないものに言葉を費やしているようにみえる。
もちろん、日常生活で使う道具からはじまり建築物に至るまで、アートは日本のなかに生きている。だが、アート思考との表現でイメージするのは、西洋近代に生まれたファインアートだけのような気がする。
何か大切なことを忘れていないだろうか。とても根本的なことを置き忘れて青筋をたてていないだろうか。
言葉と経験、あるいは言葉と実体、これらの関係を見失ったまま、「日本では抽象的概念を体系的につくるのが弱い!」との後ろめたさに背を押されていないか。だから本来、曖昧であるべきものを無理にボックスに入れようとする。そう危惧する。
問題とすべき対象はアート思考そのものではない。アート思考を巡って議論が生じる文化的な土壌である。
【ローカリゼーションマップ】はイタリア在住歴の長い安西洋之さんが提唱するローカリゼーションマップについて考察する連載コラムです。更新は原則金曜日(第2週は更新なし)。アーカイブはこちら。安西さんはSankeiBizで別のコラム【ミラノの創作系男子たち】も連載中です。