新幹線着工で沈みがちな現場に光明 JR東海初代社長、須田寛相談役談話

 

 国鉄時代の開業準備のころから今日までさまざまな形で東海道新幹線に関わってきたが、「よくぞ50年」というのが率直な心境だ。 昭和29年に国鉄に入社した。その年に国鉄の青函連絡船「洞爺丸」の沈没事故が起きるなど、現場の雰囲気は沈みがちだった。

 そうした中で34年4月に東海道新幹線が着工したことで現場に光明が差し込み、「鉄道は将来も伸びていける」と、職員の士気を高める効果があったのは確かだ。

 ちょうど50年前にあたる39年10月1日の開業当日は、国鉄本社の営業局の課長補佐だった。上りと下りの1番列車が定時で無事到着したと聞いて、職場では一瞬どよめきが起こり、職員同士で握手したりして喜んでいたのを思い出す。

 東海道新幹線が当時の日本経済にもたらした効果は3つある。

 大幅な速度向上で浮いた時間を利用客が有効に活用できるようになったこと、工事費の数倍規模の需要を沿線に生み出したこと、そして企業や工場の立地が加速しビジネスのあり方が変わったことだ。

 将来、リニア中央新幹線が開業すれば、東海道新幹線で最速達の「のぞみ」の利用客がある程度リニアに移ると見込まれる。東海道新幹線にゆとりが生じ、速達の「ひかり」や各駅停車の「こだま」の増発余地が出てくる。

 従来はひかりがあまり停車しなかった駅にもとまるようになれば、東海道ベルト地帯の再活性化につながり、東海道新幹線が新たに大きな使命を帯びることになるのではないか。(談)