日本の携帯は本当に「ガラパゴス」だったのか? iモードの革新性見抜いたグーグルCEO
【技術革新とiモード】(3)
■ドコモ独自開発 巨大産業へ
オレンジ色や赤、左右非対称のデザイン-。さまざまな形の携帯電話を持った女性がほほ笑み、カメラのストロボが光った。
2007年1月、流行に敏感な人が集まる東京・代官山の「代官山ヒルサイドテラス」でNTTドコモは新型携帯「FOMA703i」シリーズの発表会を開いた。新年度に携帯デビューする若者たちをターゲットにした普及型だった。
通信勢力図を一変
「iモード」のサービスが始まってから8年。各社も追随し、国内の携帯電話の契約件数は、1月末に1億台を突破し、1人1台時代が幕を開けようとしていた。だがこの07年、後に世界の通信事業の勢力図を一変させる出来事が相次いで起きていた。
「いわゆる(携帯電話の)ガラパゴス化現象に強い危機感を抱いている」
4月、総務省のICT(情報通信技術)国際競争力懇談会で、出席者の一人が発言した。このころ、日本の携帯は通信会社が仕様を決め、半年ごとに高性能化した新モデルが発表されていた。しかし、通話が中心の欧米では、日本メーカーのシェアは数%。
「国内のハイエンド市場のビジネスモデルが海外では通じない」。懇談会では、日本の携帯を独自進化したガラパゴス諸島の生物に例えて嘆いた。力のある通信会社が販売店に奨励金を出し、携帯端末を実質0円で販売する商習慣も批判を浴びた。
「ICTを自動車と並んで日本を代表する産業に育て上げられるよう、努力していただきたい」
総務相の菅義偉(68)もそう発言した。
背景には総務省の危機感があった。日本メーカーの独壇場だった国内市場でさえ、韓国や台湾など新興国・地域の攻勢を受け始めていた。
日本の携帯は本当に「ガラパゴス」だったのか。
「日本はキャリア(通信会社)が強すぎると批判していたとき、彼らは(当時世界首位だったフィンランドの携帯大手)ノキアをモデルにしていた」
ドコモでiモード開発を担った夏野剛(51)は言う。「ノキアは特定の通信会社向けの端末は作らない。それが世界のスタンダードだ。日本はガラパゴスだ、と」
だがノキアはその後、シェアを失い14年には通信部門を米マイクロソフトに売却。ブランドは消滅した。「変なものを見本にしてしまったというのがガラパゴス論の顛末(てんまつ)だ」。夏野は手厳しい。
総務省や専門家は、日本発のイノベーションを過小評価していたのではなかったか-。
「日本の携帯電話からの検索の伸びは想像以上だ。これと同じような状況を世界中でつくりたい。ぜひ手伝ってほしい」
07年の総務省の懇談会で「ガラパゴス」批判が出されたころ、検索サービスを土台にITの新興勢力となっていたグーグルの最高経営責任者(CEO)、エリック・シュミット(61)は米シリコンバレーで夏野にそう持ちかけていた。夏野はドコモの執行役員になっていた。
シュミットは「オープン・ハンドセット・アライアンス」という団体を立ち上げる準備を進めていた。メンバーにはドコモやKDDI、日本の各携帯メーカー、韓国のサムスン電子などが名を連ねていた。
団体の狙いは新しい携帯電話の基本ソフト(OS)の開発。モバイル事業への参入を検討していたシュミットは、日本の通信会社や端末メーカーに協力を呼び掛けた。「あなたをリスペクトしている」。シュミットは夏野に語りかけた。日本からのグーグル検索の多くが携帯電話からだったことに驚いていた。「同じような状況をつくりたい」と話したシュミットは、iモードの革新性を見抜いていた。
「これはチャンスだ。シリコンバレーに100人くらい技術者を送って共同開発すべきだ。ドコモ携帯のOSをグーグル製にしよう」。夏野にとって、世界基準のOSは魅力的だった。「いずれ画面は大きくなる。それならグーグルのOSの方が相性がいい」
グーグルOS非採用
だが、反発は大きかった。「最も大切なOSを海外企業に依存するのか」「会社のパソコンはマイクロソフトじゃないですか」「パソコンと携帯は違う」
社内会議でやり合った。結局、大規模な技術者の派遣とOSの採用は実現しなかった。
ドコモには、自社OSに巨額の費用をつぎ込んでいた事情もあった。iモード開発当時の社長、大星公二(84)は既に退任。「外様」の夏野の後ろ盾だった開発部門のリーダー、榎啓一(67)も異動し、「iモード」は巨大な産業となっていた。
そしてグーグルは08年9月に現在、世界シェア首位を誇るOS「アンドロイド」をリリースする。
この07年1月、もう一つ、忘れてはならない出来事が起きていた。米アップルのCEO、スティーブ・ジョブズによる新型端末「iPhone(アイフォーン)」の発表だった。=敬称略、年齢は現在
■(4)「iモード」に続く“日本発”生まれるか グーグル、アップルら世界のIT企業に残したビジネスモデル に続く
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【用語解説】オープン・ハンドセット・アライアンス
携帯電話の基本ソフト(OS)「アンドロイド」の開発・普及を推進する団体で、2007年11月に組織された。日本からはNTTドコモ、KDDI、シャープ、富士通などが参加した。アンドロイドは、各社が自由に利用できるのが特徴。韓国サムスン電子の「ギャラクシー」やソニーの「エクスペリア」などのスマートフォンで採用され、シェアは世界首位。
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