■核になる技術は国内に置き守る
2014年度が始まる。国際競争の荒海のなかで「日本丸」は進路をどう取るべきか。先輩たちの経験と智恵が役に立つのではないか。初回は新日鉄住金の今井敬名誉会長に聞いた。
◇
《2012年10月、鉄鋼業界首位の新日鉄と3位の住友金属工業が合併して新日鉄住金が誕生した》
発端は1999年の「ゴーン・ショック」にある。日産自動車のカルロス・ゴーン社長がシェアを上げるので鋼材を安く供給してほしいと言ってきた。その後、鋼材価格の値崩れが起き、これを受けると疑心暗鬼の値下げ競争が起こり、鉄鋼業界は地獄を見ると思ったが、了承した。NKKと川崎製鉄は経営統合してJFEが発足した。住金も主要銀行からの要請を受けて、神戸製鋼所や新日鉄と株の持ち合いなどの業務提携をした。ところが2008年にリーマン・ショックが起こり、鉄鋼業界は大赤字に陥ってしまった。
これはもっと体質強化をはからないと生き残れない。住金との合意の5~6カ月前、当時の宗岡正二社長と「このままじゃ新日鉄は世界で6位くらいになって存在感がなくなり海外に飲み込まれるぞ。合併しかないじゃないか」と話をした。宗岡君が「合併まで至るのは次の者(社長)では」というから、「ダメだ。自分の代でやれ」と。民間企業は利益を出さなければ社会的責任を果たせないし、赤字にしたら存続できないというのが僕の持論で国際合併もありうると思っていた。