貿易商社から資源や食料、化学など事業投資へと姿を変えた大手商社。三菱商事の小林健社長は「外部環境の変化に会社の形を変えることが大事」と強調する。船舶部門で幾多の危機を乗り越えてきた経験から得た教訓や新興国での国造りへの貢献、東日本大震災復興支援に向けた思いを聞いた。
◇
《石油ショック以後の海運不況で1985年8月、顧客の三光汽船が戦後最大(当時)の倒産に直面。課長代理の立場で、その試練をどう乗り切ったか》
「船舶事業はタイムスパンを10年とすると、1年が良くて残り9年が悪いのが常。当時は造船業が構造改革の最中で、(海運不況や円高不況など)たくさんの波をかぶった。商社の役割は船会社に代わり船を造るための資金調達。だから船会社が倒産すると船の引き取り手がない。商社までがキャンセル権を行使すれば造船会社がつぶれる構図。素早く引き揚げるのも手だが、雇用も大きく社会性があった」
「造船会社は鉄鋼メーカーから調達した鉄を加工して船を作り、船会社は燃料油を調達し、荷物を集めてと多岐にわたる商売で、このチェーンが切れたときの影響が大きい。船を保有するのか、キャンセルか。貸し手がつぶれたので自分たちで担保を持ち、船を保有するとトップが決断し、何をすべきかが明確になった。ただ、大量発注で、次から次へと船が来て、3カ月で12隻くらいになり、往生した」